CA1717 – DAISYの新しい展開:DAISYオンライン配信プロトコル / 水野翔彦

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カレントアウェアネス
No.304 2010年6月20日

 

CA1717

 

DAISYの新しい展開:DAISYオンライン配信プロトコル

 

 2010年4月2日、DAISY(デイジー)規格を管理する団体であるDAISYコンソーシアムはDAISYオンライン配信プロトコル(以下、「プロトコル」)の仕様書を勧告案として公表した。これは、インターネットを用いて図書館などのサーバーから利用者のパソコンや専用端末までコンテンツを届けるための通信規格をまとめたものである。

 

 DAISYとはDigital Accessible Information System(デジタルでアクセシブルな情報システム)の略称で、DAISYコンソーシアムの管理する国際標準のデジタル図書規格である(CA1471CA1486参照)。一般的には「CDの録音資料」と認識されがちだが、デジタル資料であるDAISY資料の記録媒体は必ずしもCDでなければならないわけではない。物理的な媒体という制約から逃れオンラインでコンテンツの流通を行えば、資料の作成、保存、流通などすべての過程においてコストと時間が節約できるのである。

 そのような理由から、現在に至るまで各国の点字図書館などでDAISY資料のインターネット配信の実現に向けた取り組みが行われてきた。しかし、多くの場合は各機関で個別の開発が進められており、相互の互換性は担保されていなかった。配信における互換性が担保されていなければ図書館間における資料の共有化などの妨げとなり、折角の国際標準規格としてのDAISYの意義も薄れてしまう(1)。DAISYコンソーシアムは2007年のプロジェクト立ち上げ以来、DAISY資料の配信のための国際標準規格の策定を通じ、オンラインの世界でも互換性を確保することを目指している。

 

 仕様書の冒頭ではプロトコルの主要な目標として二つの事柄が挙げられている。一つ目は「サービス提供者から末端の利用者へデジタル資料を届けること」(2)である。ここでいう「デジタル資料」とは主にはDAISY資料を指すものの、その他のアクセシブルなデジタル資料全般も含む。多くの館では点字データなどもオンライン配信されていることを受け、プロトコルがアクセシブルな資料の配信全般にも利用されることを意識しているといえる。

 二つ目は国際標準規格として、オンライン配信サービスを既に実現している、あるいはこれから実現しようという館に受け入れられるものとすることである。プロトコルでは、他のDAISY関連の技術と同じく、基礎となる技術にHTTP/HTTPSやSOAPといったW3Cの標準仕様が採用されている。

 

 そのような背景のもとで策定されたプロトコルだが、これによって何が可能となるのだろうか。まず、サービスの提供者はプロトコルを利用することで、コンテンツの受け渡しを物理的な媒体を用いずに行うことが可能になる。コンテンツや書誌情報はサーバーに蓄積されており、利用者は端末を利用してアクセスする。これにより電子上の「資料貸借」を含む仮想の図書館サービスが可能となった。電子データの「貸出」というとイメージしにくいが、これは予め貸出期限を設定し、利用者はダウンロードしたデータを期限までに消去することで返却とみなす仕組みである。一定の期間だけコンテンツを利用させたいサービス提供者側の要望を実現するものである。併せて期限到来とともに自動でコンテンツが削除できるような仕組みも用意されているが、仕様書ではそれよりもPDTB2(3)などその他のコンテンツ保護手段を利用することを推奨している。

 また、サーバー上に情報を蓄積することでサービス提供者が遠隔操作でコンテンツを登録し、自動でダウンロードさせるという機能についても定めている。一般的に中高年の利用者は最新の再生機器、再生ソフトの操作が困難なことが多く(CA1611参照)、そうした利用者に対しては策定過程の当初から配慮がなされていた。

 自動ダウンロードを利用する場合、利用者は電話やEメールなどでサービスの提供者へ連絡をし、提供者はサーバー上にある利用者のリクエスト情報を登録する。その後利用者の端末からサーバーにアクセスすると、登録された情報に従い自動でコンテンツがダウンロードされる。この機能によって、パソコンや機械に不慣れな利用者も、電話で図書を郵送してもらうのと同じ手軽さで、もっと早く図書を利用することができる。

 一方、利用者自身が端末を操作して、主体的にサービスを利用することも可能である。その場合は“Dynamic Menus Primer”という仕組みを利用する。これは一つの質問からツリー上につながった質問に順々に利用者が答えていくことで、目的とするサービスまで誘導する仕組みである。この仕組みでサービスの一覧や書誌検索、オンライン購入、お知らせの入手などのナビゲーションが可能になる。また、上記の自動ダウンロード機能と組み合わせればDynamic Menus Primerで新聞を選択したのち、定期的に自動ダウンロードを行うといったこともできる。

 

 以上がプロトコルとそれを利用するサービスの主な内容だが、サービス提供者側の動向についてもここで触れておく。世界の多くの地域ではカセットテープの録音図書が未だ利用され続けているが、そのような中でデジタル資料の配信サービスは受け入れられるのだろうか。

 それに関しては国際図書館連盟の視覚障害者図書館サービス分科会(International Federation of Library Associations and Institutions, Libraries for the Blind Section: IFLA/LBS)(4)とDAISYコンソーシアムが行った調査が参考になる。2009年に両者はグローバルライブラリー(5)について各国の点字図書館などに対して実態調査を行っており、その中にオンライン配信サービスについての質問が含まれていた。それによると回答した23機関のうち半数はプロトコルが承認され次第、あるいは自機関の配信サービスの環境が整い次第採用すると答え、採用しないと答えたのは2機関のみだった(6)。数多くの機関が配信サービスに前向きである一方で、そうでない機関もある。その原因は機関によって様々だろうが、例えば著作権に絡む問題や、資料のデジタル化が不十分であることが考えられるだろう。

 なお、日本でも点字図書館が相次いでカセットテープ形式の録音図書の製作を中止し、DAISY化を急ピッチで進めている。2010年4月からスタートしたサピエ図書館(7)ではプロトコルを利用した配信が行われる予定だ。Plextor社の再生機での利用を想定しており、2010年中にパイロット館での検証を行う予定とされている。利用者はDynamic Menus Primerを利用して「新着完成情報」、「人気のある本」、「ジャンル検索」などにアクセスし、録音データをストリーミングしたり、ダウンロードしたりすることができる。

 

 これまで述べてきたように、国際標準のプロトコルによるオンライン配信は、著作権処理やデジタル化資料の拡充など解決すべき課題があるものの、即時配信や流通コスト削減、利便性の向上といったメリット、特にそれぞれの利用者に応じた多様なサービス展開を実現するという点で大きな可能性を秘めている。また、次世代規格であるDAISY4の策定が進められており(8)、制作と変換に関するパートの他、流通や利用についてのパートが定められる予定である。ここから、プロトコルだけでなくDAISY規格そのものにおいても流通や利用などの視点が強調されていることがわかる。DAISYはもはやただの録音図書の規格ではない。DAISYはアクセシブルな情報システムであり、製作から利用までアクセシブルであってこそ意義があるといえる。そのためには、プロトコルの整備に加えて、国内外、官民問わずすべての関係者が協力し配信システムの構築を進めていくことが必要なのではないだろうか。

関西館電子図書館課:水野翔彦(みずの やすひこ)

 

(1) 日本障害者リハビリテーション協会情報センター. “マイクロソフト社とDAISYコンソーシアムの協力 障害者の情報アクセスへの新たな展望”. 障害保健福祉研究情報システム(DINF).
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/info/microsoft.html, (参照 2010-05-12).

(2)“Specification for the DAISY Online Delivery Protocol”. DAISY Consortium.
http://www.daisy.org/projects/daisy-online-delivery/drafts/20100402/do-spec-20100402.html, (accessed 2010-04-15).

(3) DAISYコンソーシアムが策定するデジタル暗号化技術。現在はPDTB2と呼ばれる第2版が策定されており、米国議会図書館の視覚障害者および身体障害者のための全国図書館サービス(National Library Service for the Blind and Physically Handicapped:NLS)が採用している。仕様書は以下で見ることが出来る。
“Specification for DAISY Protected Digital Talking Book: Version 2.0 Approved, Specification for DAISY Protected Digital Talking Book”. DAISY Consortium.
http://www.daisy.org/projects/pdtb/daisy-pdtb-spec.html, (accessed 2010-04-15).

(4) 現在は「印刷物を読めない障害がある人々のための図書館サービス分科会」(Library Serving Persons with Print Disabilities Section : LPD)と改称されている。

(5) 「グローバルライブラリー」はIFLAとDAISYコンソーシアムが進めるプロジェクトで、国際的な資料の検索と活用を実現するためのオンラインネットワークである。詳細は以下を参照。
日本障害者リハビリテーション協会. “新分野の開拓:印刷物を読めない障害がある人々のアクセスを拡大するバーチャルグローバルライブラリーサービス”. 障害保健福祉研究情報システム(DINF).
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/ifla/rae_090825.html, (参照 2010-04-15).

(6) “Global Library Survey Final Report: Version: Final”. DAISY Consortium.
http://www.daisy.org/projects/global-accessible-library/survey_final_report.html, (accessed 2010-04-15).

(7) 全国の会員施設・団体が製作または所蔵する資料の目録などからなる点字、録音図書の書誌データベース。会員は点字やDAISY資料の一次データの利用が可能だが、非会員でも書誌検索サービスを利用できる。
“サピエとは”. サピエ.
https://www.sapie.or.jp/contents/what_is_sapie/, (参照 2010-05-12).

(8) DAISY4の開発状況や最新のドラフトは以下のページで確認することができる。
“ZedAI UserPortal”. DAISY Consortium.
http://www.daisy.org/zw/ZedAI_UserPortal, (accessed 2010-05-26).

 

Ref:

“DAISY Online Delivery Protocol – Dynamic Menus Primer”. DAISY Consortium.
http://www.daisy.org/projects/daisy-online-delivery/drafts/20100402/do-dm-primer.html, (accessed 2010-04-15).

Tank, Elsebeth et al. “The DAISY standard: Entering the global virtual library”. Library Trends. 2007, 55(4), p. 932-949.

 

補記:
 本稿脱稿後、2010年5月28日から29日にかけて開催されたDAISYコンソーシアムの理事会にて、プロトコルの勧告案は技術的勧告として採択された。

 


水野翔彦. DAISYの新しい展開:DAISYオンライン配信プロトコル. カレントアウェアネス. 2010, (304), CA1717, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1717