CA1710 – ロシアの公共図書館の現状とその発展構想 / 兎内勇津流

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カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日

 

CA1710

 

ロシアの公共図書館の現状とその発展構想

 

1. 2020年までのロシアの発展構想

 ロシアは、1998年の経済危機以後、石油・天然ガスの輸出価格高騰にも助けられて急速な経済成長を遂げ、近年では、BRICsと呼ばれる、新興経済大国の一角を占めるに至った。ウラジーミル・プーチン大統領(当時)は、2006年7月に経済発展貿易省を中心に、2020年までの社会経済の発展戦略を示す「ロシア連邦の長期社会経済発展構想」の策定を始めた。これは、資源産業を中心に発展しつつあるロシア経済を、その果実を利用しつつ、将来的には製造業による発展を可能にする方向に構造転換をはかり、世界的強国としての地位を確立するとともに、国民生活の向上をはかろうというものである(1)

 構想の策定においては、国民各層が討議に参加する形がとられ、2007年に一次案、二次案が発表された後、大統領がドミトリー・メドヴェージェフに交代した後の2008年11月に政府決定として採択された(2)

 構想は、法令集の120ページ以上にわたるものだが、簡単にまとめると、次のような部分から成る。

  • 1. 人的ポテンシャルの発展
    • 人口政策、保健、住宅、年金、雇用、若年層施策などの福祉・社会政策、および、教育、文化、スポーツ政策、環境政策。
  • 2. 経済制度の発展とマクロ経済の安定性維持
    • イノベーションが可能となるような、制度的、金融的環境づくり。
  • 3. 国家競争力の向上
    • 科学技術の発展、ハイテク産業の発展、産業基盤を提供する産業部門(エネルギー、運輸等)、資源産業(水、森林等)、農業、水産業の発展と競争力強化。
  • 4. 対外経済政策
    • 貿易の発展と多角化、CIS諸国との関係強化、外国資本と技術の導入と規制の透明化。
  • 5. 地域の発展

 構想中、図書館・情報政策に関係すると思われるのは、「1. 人的ポテンシャルの発展」中の、教育の発展に関する部分である。具体的には、次のような項目が入っている。

  • 地域図書館、自治体図書館を基盤に、法律、ビジネス情報、社会的に重要な情報のセンターを発展させる。
  • 集会所、図書館、博物館、展示場、児童芸術学校等を一体化した多機能複合文化施設網を形成する。
  • 巡回複合文化施設(移動集会所、移動図書館、映写設備等)を増やす。
  • 文化機関に、近代化と技術革新のための投資を行う。
  • 図書館、博物館、文書館、映画資料館、写真館等が機能し発展する条件を保証する。
  • 図書館資料、博物館資料、文書館資料、映画・映像・写真・音声資料の保存と補充。
  • 文化財の状態と利用を把握できる全ロシア的データベースの構築。
  • 文化財集成の編集と出版。
  • 文書館・図書館・博物館の映画・写真・映像・音声資料のデジタル化とインターネットによる公開。
  • 文化施設の利用者を、2012年には2007年比10%増加させる。
  • 図書館蔵書は、82.3%の施設が基準を満たすように充実させる(3)
  • 私企業と国家とのパートナーシップ制度を発展させ、予算外の資金を導入することで、予算支出を削減する。

 なお、2007年には対GDP比0.7%だった文化予算の比率を、2020年までに1.5%に引き上げるとしている。

 

2. 公共図書館の現状

 ソ連解体後のロシアにおいては、社会主義経済から市場経済への移行に際して、急激な経済の落ち込みが数年にわたって生じた。この間、公共図書館は厳しい経営状況におかれたことは、想像に難くない(4)。その底は1998年の金融ショックであったが、その後、石油等の資源輸出の成長を主要な原動力として、2000年以後、ロシア経済は急速な成長を遂げたのは、前述のとおりである。

 このことが、ロシアの図書館にどう作用したのか、興味深いところであるが、最近ようやく、この間のロシアの公共図書館に関する統計が発表されたので、その一部を紹介しよう(5)

 先ず、公共図書館の館数だが、1989年の62,900館が、1996年には53,500館、2006年には47,100館に減少を続けている。都市と農村で区分すると、都市部は1989年の20,800館から1996年には13,800館、2006年には10,900館に減少。農村部は、1989年の42,100館から1996年に39,700館、2006年には36,200館に減少した。減少は農村部より都市部において顕著で、体制転換前のほぼ半数になった。図書館が閉鎖される理由について、統計書は、地方行政機関が、住民の意見を聞かず「施設網最適化のため」として、予算削減を目的に実施することが多いとコメントしている。

 また、この間、公共図書館の所蔵資料数は、1989年に11億5,600万冊であったのが、1996年は9億8,200万冊、2006年は9億2,800万冊に減少した。この理由について、統計書では、古くなった資料の廃棄が受入を上回っているためと解説する。なお、2006年における内訳は、都市部5億8,600万冊、農村が3億4,200万冊である。

 この他、『図書館』(Библиотека)誌の記事によると、コンピュータを設置している公共図書館は約8,200館で全体の17%、インターネットに接続している館は約3,100館で7%に満たない。電話がある図書館が約13,500館とのことなので、裏を返せば、33,000以上の館には電話すらないということになる(6)

 もとの統計に戻ると、2006年の公共図書館に対する公共支出は、85億8,000万ルーブル、うち、建物などの固定資産修復に8億9,600万ルーブル、設備の導入に6億6,600万ルーブル、蔵書の購入に15億9,700万ルーブルが支出された。単純に図書館数で割ると、1館あたりの公共支出は18万3,000ルーブル、2006年当時のルーブルのレートは、1ルーブルが4円程度であったので、邦貨では70万円強ということになる。

 このように、ロシアの公共図書館をめぐる現実は厳しいが、一方、2009年5月にはサンクトペテルブルクの中心部に、歴史的資料を主に扱う大統領図書館が開館するなど、最近、国民の福利向上および国民文化の発展という見地から、図書館への注目度は向上しつつあるように思われる。先述した「発展構想」において図書館施策が取り上げられているのも、その表れと見ることができよう。

 

3. 文化省の図書館振興プログラム

 ロシア連邦文化省は「ロシア文化2001-2005」および「同 2006-2010」という計画に図書館振興策を盛り込み、状況の改善をはかってきたが、2008年9月に後者を大幅に改訂した、「2015年までのロシア連邦の文化とマスコミュニケーション分野の発展に関する国家基本計画およびその実行プラン」(7)を採択した。

 この「計画」は、最初にその目的を、①文化の維持・発展、②社会の安定、③経済成長、④国家の安全とした上で、以下の4つの事項に分けて、実施すべき項目を列挙している。

  • 1. ロシアの一体的な文化・情報空間の維持と発展
  • 2. ロシア諸民族の多民族的文化遺産の維持と発展
  • 3. 芸術教育と科学の制度改善
  • 4. 世界的文化プロセスへのロシアのさらなる統合と、外国でのその肯定的イメージの強化

 図書館関係でここに掲げられているのは、移動図書館サービスのスタート、図書館関係法規の改善(8)、資料収集の強化(住民1,000人当たり年間250タイトル)、情報システムを利用した収集方法と目録方法の改善、共同電子技術への移行とロシア図書館総合目録の作成である。

 これだけでは、断片的で、政策としての整合性が伝わってこないが、文化省文化遺産局次長で、図書館文書館課長のタチヤーナ・マニーロヴァ(Татьяна Манилова)によると、文化省はこのプログラムを図書館政策面で具体化するものとして、「2015年までのロシア連邦における図書館事業発展プログラム構想」を策定したという(6)

 彼女の論文によれば、ここでは、人権としての情報アクセスの保証、国民文化遺産の保護とともに、情報技術を導入してサービスを近代化することに重点がおかれているようであり、今後の行方に注目していきたい。

北海道大学:兎内勇津流(とない ゆづる)

 

(1) 検討のプロセスについては、以下の文献を参照。
平和・安全保障研究所. 2020年のロシア. 2008, 135p.

(2) Ст. 5489. Концепция долгосрочного социально- экономического развития Российской Федерации на период до 2020 года. Собрание законодательства Российской Федерации. 2008(47), p. 14010-14135.

(3) 「構想」中には、基準の具体的な内容は示されていない。

(4) 1990年代半ばまでの状況については、以下の文で扱ったことがある。
兎内勇津流. “図書館”. 情報総覧 現代のロシア. ユーラシア研究所編. 大空社, 1998, p. 477.

(5) Библиотечные ресурсы России в 1996-2006 гг. : информационно-аналитический обзор. Москва, Пашков дом, 2009, 265p.

(6) Манилова, Татьяна. О концепции программы развития библиотечного дела в Российской Федерации до 2015 года. Библиотека. 2009(2), p. 6-9.

(7) “Основные направления государственной политики по развитию сферы культуры и массовой коммуникации в Российской Федерации до 2015 года и план действий по их реализации”. Министерство Культуры Российской Федерации.
http://mkrf.ru/documentations/581/detail.php?ID=61208, (accessed 2010-02-01).

(8) 具体的には書かれていないが、運営に関する基準の充実や、法制上の優遇を内容とするのではと想像される。

 


兎内勇津流. ロシアの公共図書館の現状とその発展構想. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1710, p. 14-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1710