CA1709 - 米国ロチェスター大学での研究者・学生の行動調査 / 西川真樹子

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カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日

 

CA1709

 

米国ロチェスター大学での研究者・学生の行動調査

 

はじまり

 ロチェスター大学はニューヨーク州北西部、五大湖のひとつオンタリオ湖のほとり、カナダとの国境にも近く、コダックやゼロックスの発祥地でも知られるロチェスター市にある。学部生が約5,000人、大学院生らが約4,000人、3つのキャンパスと6つの部門をもつ中規模の大学で、U.S. News & World Report誌の2010年大学ランキング(1)では全米35位にランクされている。また、1936年、社会運動家の賀川豊彦が、後に世界各国で翻訳・出版された“Brotherhood Economics”の講演を行い(2)、2002年ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏が博士学位を取得した大学でもある。

 このロチェスター大学リバーキャンパス図書館で、注目すべき取り組みが行われている。それはシンプルで、原始的だが、図書館員の多くが見落としているという点で新しい、大学の構成員の行動を調査するというものである。本稿では、この取り組みを紹介する。

 

教員への調査―機関リポジトリ拡張―

 始まりは2003年、その前年に設置していた機関リポジトリが思っていた以上に利用されていないことに図書館員が気づいた。リポジトリ設置当初は、教員も積極的に利用し、研究成果を登録すると言っていたのに、である。機関リポジトリが教員をはじめとする研究者たちのニーズに合っていないのか、そもそも研究者たちのニーズとは何なのか、研究者たちはどうやって研究をしているのか。これらのことを理解するために、図書館員は教員を対象に調査を始めた(3)

 この調査にあたって、リバーキャンパス図書館では、人類学者のフォスター(Nancy Fried Foster)博士を起用し、ワーク・プラクティスという調査方法を用いた。ワーク・プラクティスは、人類学で行われてきた、調査対象の行動を詳細に観察し、記録するという方法である。図書館員たちは、調査手法について訓練を受けた後、どのようなプロセスを経由してアイデアに辿り着き、研究しているのかを教員にインタビューし、研究に使っているコンピュータや研究室の書棚、研究に使っているツールを見せてもらった。そして、それらを記録し、図書館員同士で話し合った(4)

 専門分野が異なれば、違う部族に属しているグループと見なすくらいがいいというフォスター博士のアドバイス通り、教員たちの研究方法や文献整理方法は専門分野によって様々で、個人によっても異なっていた。しかし、いくつかの共通点もあった。まず、研究者自身の考え方についてである。研究者は所属機関にではなく、同じ分野の研究者や同僚に対して、非常に高い関心を持っている。そして、研究者は自分の研究が一番であり、研究に役に立つものなら進んで取り入れている。機関リポジトリがあまり取り入れられなかったということは、この時点での機関リポジトリが、研究に利益をもたらすとは思われていなかった、ということである(5)

 また、共通した悩みも持っていた。共同研究者と原稿を書き進めていく際に効率的に原稿のバージョンを管理する方法や、学会の口頭発表資料などを保存し、必要なときにすばやく探すことができる方法を望んでいた。つまり、これらをうまく機関リポジトリに機能追加できれば、もっと使ってもらえるリポジトリになるのではないか。このことから、コンテンツ登録の動機を活性化させるためにダウンロード統計を表示し、機関リポジトリに研究者個人用のページを追加設計し、公開部分では研究者の研究成果のすべてを展示するショーケースとして、非公開部分では、原稿執筆や共著作業、セルフアーカイビング、セルフパブリッシングといった研究支援ツールとなるよう、大幅な機能拡張を行った。

 機関リポジトリのコンテンツ数を増やすには、2008年にハーバード大学が取り決めたように登録を義務化する方法がある。また別の方法としては、図書館ユーザが自然と使いたいと思うような機関リポジトリにすることである。ロチェスター大学では、まさに後者の方法を行おうとしている。教員への調査は、機関リポジトリをよりよくするという目標を超えて、ユーザのニーズを満たすために、真にユーザを理解するという点で大きな収穫となった。しかし、ユーザは教員だけではない。2004年、次は学生たちの調査を開始した。

 

学生への調査―学生たちが望んでいること―

 学生たちは実際、どのようにして研究論文を書いているのか、どのようなサービス・リソース・設備が彼らにとって最も役に立つのか、ということに関心を持った図書館員たちは、ブラックボックスにも思える学生たちの行動習慣調査を行った(6)

 まずは、14人の教員に、優れた論文の特徴と学生らがどのようにして論文を書くことを期待しているのかについてインタビューした。ここでも回答はバラバラだが、全般的には課題設定が適切で、説得力のある論文が優れているとする共通点が見えた。しかし、教員の多くは、大学院生は研究の方法を知っていると答えたが、学部生がどうやってその技術を身につけることができるのかについては明確に説明できなかった。

 次に図書館のレファレンスデスクに相談に来た学生やキャンパス内にいた学生にインタビューを行った。学生たちは参考文献を見つけることよりも、論文の編集や執筆作業に不安を感じており、図書館員は資料を探す人でしかなく、教員こそが主題専門家であると語った。

 学生への調査ではインタビューの他に、紙の上で図書館のレイアウトを自由にデザインさせる方法や、図書館内で気に入っている場所の写真を撮影し、その理由を聞き出す写真抽出法、学生の一日の行動を地図上に落として、時間とその行動理由をインタビューしてマッピングする方法が用いられた。図書館員の想像以上に、学生たちのスケジュールは朝早くから夜遅くまでびっしりと埋められ、授業やミーティング、グループ研究、クラブ活動、アルバイト等でキャンパス内外を忙しく動き回り、ようやく午後11時頃から集中して課題に取り組む時間を持てることがわかった(ロチェスター大学の大半の学生はキャンパス内の寮に居住している)。

 この学生対象の調査では、図書館員たちが従来考えてきたものとはかなり異なる学生像が浮かび上がってきた。まず、学生たちが図書館に求めるのは、静かな場所やくつろげる場所、友達と一緒に勉強・議論できる場所、飲食できる場所、メールをチェックできるコンピュータ、資料の探し方を相談できる人、カフェなど実に様々であるが、要は一つ屋根の下で全てのことをしたいと思っている。これは図書館員が従来考えてきたサービスモデルとは極めて異なっている。今の学生は何でもしてくれる母親のようなサービスを求めている。また、学生たちはとても忙しく、レファレンスサービスをはじめ、多くの図書館サービスが学生たちのスケジュールに一致していない。これらの調査結果から、午後9時に閉まっていたリバーキャンパス図書館レファレンスデスクのサービス時間を延長し、ライティングセンターとの連携を拡大する試みを、2006年春学期と秋学期のそれぞれ最終4週間に行った。

 学生たちに話を聞くには、考えているような大がかりな装置は必要ない。少しの報酬(ひとりあたり5ドル程度)とピザとコーヒーがあれば、学生たちは協力的に話をしてくれる。学生たちに話を聞くことができたことは、図書館員の間に実験的精神を根付かせた。即ち、図書館員が学生たちに勝手な想定をするのではなく、図書館内で、あるいは図書館を出て、実際に学生に話を聞いてみるという共通の考え方が図書館員の間にできてきた。

 

大学院生への調査―オーサリングツールとの関わり―

 最後に2006年から2008年まで大学院生への調査を実施した(7)。論文を個人や共同で執筆するときに、どのようなオーサリングツール(ウェブ上で論文を編集・管理できるアプリケーション)が必要かを知るためであり、これらのオーサリングツールは機関リポジトリに搭載される予定である。研究・執筆・保存活動を1つのインターフェースで実現するための機関リポジトリの補強には、大学院生の研究行動調査が最適と思われた。というのは、大学院生は将来、教員や研究者になろうとしている、論文執筆者であるからだ。

 今回もワーク・プラクティス法で、25人の大学院生とその指導教員にインタビューを行い、図書館での勉強場所や研究室、自宅の部屋などにビデオカメラを設置し、大学院生の研究プロセスを記録した。

 調査の結果、さまざまなことがわかってきた。大学院生は自分の研究者としての未熟さを心配していることが見てとれた。大学院生の最大の敵は、論文を執筆するために読まなければならない大量の文献(PDF / HTML / 紙媒体など)であり、それをどのように整理し、保存し、必要なときにすばやく取り出すことができるかに頭を悩ませていた。これを解決するために、ノートに記録するような従来の技術と、Google Docs / DocuShare / RefWorks / EndNoteといったデジタル技術を、時と場合に応じて組み合わせて使っているが、その技術を図書館員から学ぶことはなく、自習や仲間、指導教員から学ぶことで対処していることがわかった。図書館員が行う支援が大学院生にとって十分に価値のあるものであると受け入れてもらえれば、図書館が大学院生を支援するチャンスは存在する。

 

ユーザ中心の図書館へ

 教員、学部生、大学院生らの行動を調査し、ニーズが多様であることも、いくつかの共通した要望があることもわかってきた。ユーザが望むことの全てを実現するキラー・アプリケーションツールを開発し、何でもしてあげる学生たちのママになることは、できそうもなく、将来的にも不可能と思われる。学生たちへの調査でわかったように、昔と今の学生は驚くほど変化しているし、もっと短いスパンでも変化している。ユーザは変わり、ユーザの要望は変わっていくのだ。重要なことは、その変化に向き合うことである。「これが図書館のサービスです」といった図書館側からの提示ではなく、ユーザの行動に注目し、その声に耳を傾け、それを図書館に活用する変化を恐れないことである。そこからユーザ中心の図書館は生まれてくると考えられる。

 リバーキャンパス図書館の人類学的手法を使った調査は、問題関心と対象を変えて継続されている。ロチェスター大学の挑戦は続く。

京都大学附属図書館:西川真樹子(にしかわ まきこ)

 

(1) “National Universities Rankings Best Colleges 2010”. US News and World Report.
http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/best-colleges/national-universities-rankings/, (accessed 2010-01-12).

(2) 賀川豊彦. 友愛の政治経済学. 加山久夫ほか訳. コープ出版, 2009, 171p.

(3) Foster, Nancy Fried et al. “より多くのコンテンツを機関リポジトリに集めるために教員を理解する”. 国立情報学研究所.
http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/foster/, (参照2010-01-12).
Foster, Nancy Fried et al. Understanding Faculty to Improve Content Recruitment for Institutional Repositories. D-Lib Magazine. 2005, 11(1).
http://www.dlib.org/dlib/january05/foster/01foster.html, (accessed 2010-01-12).

(4) Gibbons, Susan. Assessment in Academic Research Libraries. 大学図書館研究. 2008, (84), p. 1-4.

(5) Gibbons, Susan. “Studying Users to Design a Better Repository”. DRF International Conference 2009 発表予稿集. 東京工業大学, 2009-12-3/4, DRF International Conference 2009実行委員会, 2009, p. 66-71.
http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?plugin=attach&refer=DRFIC2009&openfile=session3_susangibbons.pdf, (参照2010-01-12).

(6) Foster, Nancy Fried et al., eds. Studying Students: The Undergraduate Research Project at the University of Rochester. 2007, 90p.
http://docushare.lib.rochester.edu/docushare/dsweb/View/Collection-4436, (accessed 2010-01-12).
邦訳については、国立情報学研究所の協力を得た。

(7) Ryan, Randall et al. “次世代の学者 ロチェスター大学での調査報告書”. Digital Repository Federation.
http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?plugin=attach&refer=Foreign%20Documents&openfile=NextGeneration_ja.pdf, (参照2010-01-12).
Ryan, Randall et al. “The Next Generation of Academics : A Report on a Study Conducted at the University of Rochester”. University of Rochester. 2008-09-17.
http://hdl.handle.net/1802/6053, (accessed 2010-01-12).

 

Ref:

University of Rochester. http://www.rochester.edu/, (accessed 2010-01-12).
River Campus Libraries, University of Rochester.
http://www.library.rochester.edu/, (accessed 2010-01-12).
Gibbons, Susan. 大学図書館評価. 西川真樹子訳. 大学図書館研究. 2008, (84), p. 5-8.
http://hdl.handle.net/2433/81821, (accessed 2010-01-12).

 

補記:
本稿脱稿後、ロチェスター大学が機関リポジトリのリニューアル版を発表している。新たに追加された機能には、リバーキャンパス図書館の調査結果が反映されている模様である。
“Virtual Work Space for Academics Promises Greater Access to Research”. University of Rochester.
http://www.rochester.edu/news/show.php?id=3556, (accessed 2010-03-05).

 


西川真樹子. 米国ロチェスター大学での研究者・学生の行動調査. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1709, p. 12-14.
http://current.ndl.go.jp/ca1709