CA1497 – 動向レビュー:電子図書館パフォーマンス指標に関するテクニカルレポートISO/TR20983の動向 / 宇陀則彦

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カレントアウェアネス
No.276 2003.06.20

 

CA1497

動向レビュー

 

電子図書館パフォーマンス指標に関するテクニカルレポートISO/TR20983の動向

 

1.はじめに

 1990年代半ばのWorld Wide Web (WWW)の普及に伴い,電子図書館がインターネット上の重要な応用分野として位置づけられ,米国をはじめ,各国で大規模な電子図書館プロジェクトが開始された。これらはコンテンツ指向のプロジェクトと技術指向のプロジェクトに大別されるが,どちらもシステム構築の側面が強調され,図書館サービスとしてどのように位置づけられるかについてはあまり議論されてこなかった。

 一方,伝統的な図書館に対しては,図書館パフォーマンス指標などを定義し,これまでの「インプット(投入)」を重視した評価だけでなく,「アウトプット(産出)」「アウトカム(成果)」「プロセス(効率)」といった側面からもデータを収集し,図書館サービスの向上や図書館経営の改善に積極的に役立てようという動きが盛んになってきた。昨年,図書館パフォーマンス指標ISO11620がJIS X 0812になったのは記憶に新しいが,ISO11620は伝統的な図書館サービスが前提になっており,電子図書館サービスに関する指標が入っていない。電子図書館サービスに関する指標については,テクニカルレポートISO/TR20983としてまとめられる予定である。

 そこで本稿では,ISO/TR20983を題材に電子図書館評価の問題点と方向性について考察する。また,今後の評価に関して興味深い示唆を含むものとして,電子図書館サービスに関する大規模なアンケート調査を行ったeVALUEdプロジェクトについても紹介する。

 

2.ISO/TR20983(1)に関連する動き

2.1 EQUINOX(2)

 EQUINOXプロジェクトは1998年に規格化された図書館パフォーマンス指標ISO11620を増強し,補足することを意図して,1998年11月から2000年11月までEUの助成を受けて行われた。比較的早い時期にネットワークを前提とした電子化環境におけるパフォーマンス指標の開発を第1の目的としたのが大きな特徴である。プロジェクトに参加したのは,英国,アイルランド,ドイツ,スペイン,スウェーデンの5か国8館である。参加館で実際にデータ収集を行いながら議論し,最終的に以下の14指標を定めた。

  1. サービス対象人口当たりの電子図書館サービス全体の利用率
  2. 各サービスに対するサービス対象人口当たりのセッション数
  3. 電子図書館サービス全体に対するサービス対象人口当たりのリモートセッション数
  4. 各サービスにおいて閲覧された資料数およびレコード数<
  5. 各サービスに対するセッション当たりのコスト
  6. 各サービスにおいて閲覧された資料およびレコードに対するコスト
  7. 電子的に申し込まれたリクエスト率
  8. 図書館に設置されたコンピュータ利用率
  9. サービス対象人口当たりのコンピュータ利用可能時間
  10. セッションの拒否率
  11. 資料費全体に対する電子資料費の率
  12. サービス対象人口当たりの電子図書館サービス講習会の参加人数
  13. 電子図書館サービスの開発,管理,提供,講習会に従事する図書館員の率
  14. 電子図書館サービスに対する利用者満足度

 ここで電子図書館におけるサービス対象人口と伝統的図書館サービスにおけるサービス対象人口は同じ集合である。次のISO/TR20983も同様である。

2.2 ISO/TR20983(1)

 EQUINOXで定義された指標を参考に,国際標準化機構第46専門委員会の第8分科会(TC46/SC8)では,ISO11620では盛り込まれなかった電子図書館サービスに関する指標をテクニカルレポートISO/TR20983としてまとめることになった。2003年5月27日の時点で最終原案の段階ISO/PRF TR20983である。PRF (Proof of a new International Standard)は最終原案投票なしにApproval Stageを通過する場合に適用される。

 ISO/TR20983では以下の15指標が定義されている。

  1. サービス対象人口当たりの電子図書館サービスの利用率
  2. 情報提供に関わる支出全体に占める電子資料費の率
  3. セッション当たりの文献ダウンロード数
  4. .データベースセッションのコスト
  5. 文献ダウンロードのコスト
  6. セッションの拒否率
  7. OPACのリモート利用率
  8. 全来館者に対するウェブサイト来館率
  9. 電子的に申し込まれたリクエスト率
  10. サービス対象人口当たりの電子図書館サービス講習会の参加人数
  11. サービス対象人口当たりのコンピュータ利用可能時間
  12. 図書館に設置されたコンピュータ数当たりのサービス対象人口
  13. 図書館に設置されたコンピュータ利用率
  14. 図書館員当たりのIT関連講習会への参加時間数
  15. 電子図書館サービス提供・開発に従事する図書館員の率

 EQUINOXで定義された項目でISO/TR20983に盛り込まれなかったのは,「各サービスに対するサービス対象人口当たりのセッション数」と「電子図書館サービスに対する利用者満足度」の2項目で,EQUINOXにはないが,ISO/TR20983で新しく定義されたのが,「全来館者に対するウェブサイト来館率」,「図書館に設置されたコンピュータ数当たりのサービス対象人口」,「図書館員当たりのIT講習会への参加時間」の3項目である。

 利用者満足度がISO/TR20983に盛り込まれなかったのは,いずれISO11620に統合され,図書館サービス全体の満足度の中で評価すればよいと考えたからだろう。また,図書館員の講習会参加時間に関する指標を加えたのは,図書館員のスキル向上を測るためとされている。

2.3 ISO 2789(3)

 ISO/TR20983に関連する規格として,ISO2789がある。ISO2789は国際図書館統計に関する規格で,2003年2月15日に第3版が制定された。第3版では電子図書館サービスの利用測定が大きく取り上げられ,付属書Aの中で詳細に論じられている。ISO2789では電子図書館サービスの形態,電子情報資源の形態および電子的サービスの利用形態に関する定義を重点的に行っており,これらはISO/TR20983からも参照されている。詳細についてはCA1460に報告されているとおりだが,本稿では電子図書館サービスの定義部分だけ改めて紹介しておきたい。

 ISO2789では電子図書館サービスは以下のように定義されている

  • OPAC
  • 図書館ウェブサイト
  • 電子資料
  • (仲介者としての)電子ドキュメントデリバリ
  • 電子レファレンスサービス
  • 電子サービスの利用者講習
  • 図書館によるインターネットアクセスの提供

 本稿では特に断らない限り,電子図書館サービスはこの内容を指す。この定義を見る限りでは,電子図書館サービスは図書館ローカルの資料を提供するという視点で定義されており,サブジェクトゲートウェイ機能など積極的な意味での情報ナビゲーション機能は含んでいない。ただし,電子環境は刻一刻と変化しており,評価指標は変化する可能性が大きいとされている。

 

3.電子図書館サービス評価に関するアンケート調査

 eVALUEd(4)は2001年12月から2004年5月にかけて行われている英国のセントラル・イングランド大学の情報研究センター(CIRT)によるプロジェクトである。このプロジェクトは高等教育における電子図書館評価のための互換性モデルを開発するとともに, 電子図書館評価の普及およびトレーニングを行うことを目的としている。 最初の段階として, どのくらい電子図書館が開発されているかを調査するために194の高等教育機関に対してアンケートを行った。 調査で行われたアンケート項目は, 電子図書館サービスに関する業務報告の有無, 提供している電子資料の種類およびその評価方法,電子図書館サービス管理の種類および評価方法,理想の評価方法や評価の限界など20項目に及ぶ。アンケート回収率は58%であった。

 アンケートを分析した結果,業務報告を行っているのは23%であること,電子的な学習環境を用意している機関は54%であること,電子図書館サービスに関して何らかの評価を行っているのは72%であることなどが明らかになった。また,評価にあたって役に立つ統計や指標があったかという質問に対して,EQUINOXなどの指標があがることをeVALUEd研究チームは期待したが,残念ながらそのような記述はなかった。電子資料の評価方法で最も多く用いられているのは,利用統計やウェブアクセス回数などの情報である。また,オンラインによる調査方法,紙による調査方法ともに多く用いられている。

 理想の評価基準はどのような基準を設けるべきかという質問に対しては,「利用方法」のカテゴリを設けるべきだというのが一番多かった。また,評価を妨げている要因は何かという質問に対しては,時間が不足していることが一番多く,次いで統計データの不足,スタッフの不足などがあげられた。その他としては,「電子図書館サービスはまだ始まったばかりなので,評価できない」,「評価の方法が大雑把であり,多面的に評価することが苦手である」,「システム的な評価ができていない」などのコメントがあった。今後の展開を考える上で重要だと思われるのは,「コストを評価するのは重要だが真の意味でのValue for Money (金額に見合う価値)を評価するのは難しい。評価するためには長期的な視野が必要である」という指摘である。

 このようにeVALUEdは大規模なプロジェクトであり,電子図書館評価に関して様々な示唆を与えてくれる。その他,成果や効果を示す「アウトカム評価」の報告書,アンケート調査で得られた知見や経験を強化するための図書館長やサービス責任者への追跡インタビューの報告書,電子図書館サービス評価のためのツールキット開発に関わるエキスパートへのインタビューの報告書など(5)が作成されている。

 

4.電子図書館サービス評価指標の課題

 電子図書館サービス評価指標において考慮すべき点は,インターネットからの利用を前提としている点である。インターネット利用時を思い浮かべればわかるように,情報要求を満たすときに単一のサイトで完結することはまれで,複数の情報資源の中から情報要求に合致するものを選択し,集合的に利用するのが普通である。そういう意味で電子図書館はインターネット上の数ある情報資源のうちの一つであり,ある一つの電子図書館のサイトだけで情報要求が満たされることは少ない。一方,図書館側から見た場合も電子図書館サービスだけが図書館サービスではなく,図書館が提供するサービスのほんの一部分でしかない。このことはつまり,特定多数の地域住民がある一つの図書館の完結したサービスを受けるという伝統的図書館サービスの形態とは異なることを意味する。

 この観点から改めて電子図書館サービス評価を見直すと,インプット指標は伝統的図書館サービス指標と同様に考えてよいが,アウトプット,プロセス,アウトカムの各指標は伝統的図書館サービス指標と同様には考えられない。アウトプットやプロセスを測定するサービス人口当たりの利用率やウェブ来館率を測定したところで,利用者からは集合的に利用したサイトの一つでしかなく,必ずしも「その図書館」のサービスを受けた意識はないだろう。また,今後重視されるアウトカム指標も,個々のローカル図書館だけに注目するのではなく,インターネット全体の中での位置付けを評価しなければ,利用者の満足度を正確に測れないと思われる。

 このことから電子図書館サービスを評価するにはそれぞれの図書館ごとの評価(ローカル評価)だけでなく,インターネット全体からみた評価(ネットワーク評価)が必要であることがわかる。電子図書館評価はローカル評価とネットワーク評価が両輪のように支えてはじめて正当な評価ができる。そういう意味で,EQUINOXとISO/TR20983(とISO2789)はローカル評価としては十分機能するが,これだけでは電子図書館評価として十分とは言えない。eVALUEdプロジェクトのアンケート調査に対する回答コメントの中で,「利用方法のカテゴリを設定すべきだ」という意見や「多面的評価とシステム的評価が重要」といったコメントは,明らかにネットワーク評価の必要性を示唆している。

 

5.おわりに

 図書館機能が単に資料を蓄積することだけでなく,利用者の情報アクセスを支援することにあるとすれば,電子図書館に期待されているのは,図書館ローカルの資料の提供というよりはむしろ,世界中の図書館資料へのアクセスを支援することであろう。最近の電子図書館の話題が電子化資料の蓄積から,図書館ポータル機能に移っているのはそれを表している。今後,電子図書館がどの方向に向かうのかはわからないが,電子図書館評価を通じて,これまで不十分だった図書館サービスとしての電子図書館に関する議論が活発になることを期待する。

筑波大学図書館情報学系:宇陀 則彦(うだのりひこ)

 

(1) ISO/TR20983. Information and documentation – Performance indicators for electronic library services. (online), available from < http://www.iso.org/iso/en/stdsdevelopment/techprog/workprog/TechnicalProgrammeProjectDetailPage.TechnicalProgrammeProjectDetail?csnumber=34359 >, (accessed 2003-05-27).
(2) EQUINOX: Library Performance Measurement and Quality Management System. (online), available from < http://equinox.dcu.ie/ >, (accessed 2003-04-21).
(3) ISO 2789. Information and documentation – International library statistics. (online), available from < http://www.iso.org/iso/en/CatalogueDetailPage.CatalogueDetail?CSNUMBER=28236&ICS1=1&ICS2=140&ICS3=20 >, (accessed 2003-04-21).
(4) eVALUEd -an evaluation model for e-library developments. (online), available from < http://www.cie.uce.ac.uk/evalued/ >,(accessed 2003-04-21).
(5) eVALUEd. “Project Documents Library” (online), available from < http://www.cie.uce.ac.uk/evalued/library.htm >, (accessed 2003-04-21).

 

Ref.

徳原直子. 特集:図書館パフォーマンス指標と経営評価の国際動向, 図書館パフォーマンス指標と図書館統計の国際標準化の動向. 現代の図書館. 40(3), 2002, 129-143.

Saracevic, Tefko. Digital Library Evaluation: Toward an Evolution of Concepts. Libr Trends. 49(2), 2001, 350-369.

Greenstein, Daniel. et al. The Digital Library: A Biography. Council on Library and Information Resources, 2002, 70p. (online), available from < http://www.clir.org/pubs/abstract/pub109abst.html >, (accessed 2003-04-21).

 


宇陀則彦. 電子図書館パフォーマンス指標に関するテクニカルレポートISO/TR20983の動向. カレントアウェアネス. 2003, (276), p.12-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1497