カレントアウェアネス
No.250 2000.06.20
CA1331
米国の大学図書館で働くには…
人生において安定した職を手に入れることは重要である。象牙の塔の図書館,大学図書館に勤める図書館員とて同様である。大学という研究職員中心の機関で図書館員の雇用はどのように考えられているのか。米国の調査事例から探ってみたい。
米国の大学において一般的に採用されている雇用制度は終身在職権制度である。職員は仮採用(見習い・研修)期間を経て,一定の水準以上の能力があると判断された後に,「終身在職権」を手に入れて,本採用になるものである。本採用後は,外部からの圧力により職員が不当解雇されることなく,その職を保証される(保証期間は最長で半永久的,定年まで)。この制度は,職員の雇用を政治的,軍事的圧力からの不当な干渉を受けることなく,保証するために発達した制度であり,大学のみならず,広く,行政,司法等の各機関で採用されている。
さて,大学において,最も重要なことは,「学問の自由」であるといえる。学問の自由が確立していなければ,大学本来の教育・研究の機能を果たすことはできない。しかし,米国の大学においては,「学問の自由」は自明の特権としてあったのではなく,長年の闘争の結果,獲得されたものである。
「学問の自由」への侵害は「教職員の首切り」になって具体化する。つまり,「終身在職権」の確立は,大学教員の威厳と独立性を確保し,大学教員の人事を外部の干渉から守る点で,「学問の自由」につながる大きな問題であった。終身在職権は中世ヨーロッパのギルドに端を発すると言われる長い歴史を持つが,米国の大学では,職員の団体である米国大学教授連合(American Association of University Professors)と,経営者の団体である米国大学協会(Association of American Colleges)とが1940年に採択した共同声明によって確立したとされる。今日に至るまで改訂を重ねてきたこの声明は,アメリカ図書館協会によっても承認されている。大学図書館の図書館員も終身在職権の適用を受けているのである。
しかし,大学は本質的に教員中心の機関である。終身在職権獲得に必要な「一定の水準以上の能力」とは,「研究発表しないなら辞職しろ(publish or perish)」という俗言があるように,とりもなおさず,調査・研究の発表・出版である。この点,図書館員は研究だけに没頭してはいられない。図書館の日常業務を抱えながら終身在職権獲得を望む図書館員は,教員のために設定された終身在職権獲得基準を満たすに足るだけの調査・研究をし,出版することが可能であろうか。図書館員に一般の教員と同等の「終身在職権」基準を課すのは不公平ではないのか。大学の自治を守る上で,「終身在職権」が「学問の自由」とともに闘い取られてきた歴史をかんがみると,このことは小さな問題ではなくなる。
このテーマに関心を抱き,長期間にわたり調査を続けているミッチェル(W. Bede Mitchell)氏が共同研究者達と行った調査の結果は,現実に教員と図書館員の終身在職権獲得率に有意な差は見られないと結論づけている。図書館員が調査,研究,さらに結果を出版することは教員に比べ,少ないが,そのことにより図書館員の終身在職権獲得が妨げられているとは言えないというのが1980年から1998年にかけて断続的に3回行われた調査の結果である。
最初の調査では,1980年から1984年の間に終身在職権を申請した図書館員329人中,81.5%が終身在職権を手にしている(ミッチェル氏らによる調査開始の前年度,1978〜79年に全大学教職員を対象に全国的調査が行われたが,その結果は58%であった)。日常業務の繁忙にもかかわらず,図書館員は終身在職権を得ている。
ミッチェル氏は再度,1985〜88年の3年度にわたる調査を行った。図書館員の終身在職権申請者(60人)の成功率は85.0%,同調査の大学教員(1,059人)の成功率は85.7%であった。図書館員にとって好ましい結果が出ている。
最新の調査は,1995〜98年の再び3年度にわたって行われた。この調査では,図書館員の終身在職権申請に際し,調査・研究成果を要件,考慮条件にしている図書館を中心に,759の大学図書館の館長に対しアンケート調査が行われた。その結果,終身在職権獲得率は92.2%であった。この数字と比較する教員の獲得率は出ていないが,これは極めて高い成功率である。
以上の調査結果から見えてくるのは,週40時間の労働時間で1年毎の仮契約期間中の業務が多忙でも,やる気のある図書館員は終身在職権獲得のため,なんらかの調査・研究活動に時間を割くということである。私用の時間を割いて研究活動に当てなければならない可能性は否定できないが,図書館員に一般の教員と同等の終身在職権基準を課すことが不公平な結果になってはいない。
ただし,この調査からは「合格者がなぜ合格したか」が見えてこない。これは今後,考慮すべき点である。終身在職権獲得に,学術的成果を条件としていても,実際に絶対要件としてきびしく運用している機関がどのくらい存在するのか。現実には,一般の教員にも,研究成果として大部の著作は必ずしも求められていない。終身在職権の獲得成功率92.2%はあくまでも結果の数字である。
終身在職権の申請に至ることなく職を去った図書館員も,この調査の中で88人いる。彼らの離職の理由が,終身在職権の申請の規定に満たなかったためかどうかは不明であるが,彼らを含めると,終身在職権獲得率は83.5%になる。
大学において図書館員が,一般の教員に劣らない終身在職権獲得成功率を誇っていることは,これまでのミッチェル氏を中心にした調査で判明した。今後は,実際の運用についての具体的なケーススタディが待たれる。困難な調査ではあるが,終身在職権制度が学問の自由を支える柱として機能するためにも,その実態についての研究には期待が大きい。
稲濱 みのる(いなはまみのる)
Ref: Mitchell, W. Bede et al. Publish or perish: a dilemma for academic librarians? Coll Res Libr 60 (3) 232-243, 1999
高城和義 米国の大学とパーソンズ 日本評論社 1989