CA1285 – 多文化社会の図書館サービス−二国の事例− / 安部さち子

カレントアウェアネス
No.243 1999.11.20


CA1285

多文化社会の図書館サービス−二国の事例−

多文化社会と一口に言っても,その民族的構成や各マイノリティの背景,彼らへの対応等は,国や時代によりかなり異なるものである。

ドイツの公共図書館で1970年代から始まった多文化サービスでは,その対象者は主に「ガストアルバイター(外国人労働者)」であった。1950〜70年代初めの経済繁栄時に生じた労働力不足のため,主にトルコ,ギリシャ,イタリアから来た人々は,ドイツ人の好まない職種に就き,社会の下層を形成した。

しかし現在の対象者は,もはやこのような均質なグループではない。現在のドイツにはガストアルバイターの他,彼らに誕生した二世・三世,第二次大戦後に旧ドイツ領を追われ現在のドイツに難民として引き揚げてきた帰還移住者,社会主義国の自由化に伴い東欧から押し寄せた経済難民,旧ユーゴスラビア等の内戦国からの政治難民,ドイツの支社等へ派遣されてくる外国人などがいるのである。

住民の27%が外国人という環境にあるシュトゥットガルト市立図書館東分館では,1980年代初めから外国語資料を収集・提供している。館員は多文化サービスといった位置づけからというよりは,人口構成から考えて当然のこととしてサービスを提供している。しかし,各集団に対して充実した資料を揃えることは,今日では困難となっているし,また,あまりその必要もなくなっている。その背景として,館長のホッフェルベルト(Hofferbert)氏は,予算不足やレクトール(特定分野の選書やレファレンスを担当する司書)の不在の他に次の点を挙げている。図書よりも出身国の音楽カセットテープ,CD,日刊紙が特に求められていること。二世・三世は独語の資料で調べものをし,図書よりもビデオに強い関心があること(これについては同市のローテビュール広場にある視聴覚資料室が,音楽カセットテープ,CD,ビデオ,映画,CD-ROM,衛星放送テレビ番組等を提供していて,外国人青少年によく利用されている)。一世の一部は読書に不慣れか,図書館の提供物には無関心か,母国語ではなく独語の資料を利用すること。これに加えて帰還移住者や難民が増加し,図書館の対象グループは多様化しているため,彼らに意味のある資料を提供することは図書館にとって要求が大きすぎるというのである。

住民の15%が外国人というニュルンベルクの市立図書館では,1987年に「対外国人図書館サービス」という部門が設立され,シュネーホルスト(Schneehorst)氏がこの部門の選書や広報活動,行事等の全てを担当してきた。彼女は利用者の様々な関心と需要に適応した蔵書構築が重要と考えている。彼女の言う非図書資料や逐次刊行物の需要の高さや,一世とその子供達との間の差,その他の多様なニーズ(例えば独語会話,外国人法,宗教書,女性解放等について)の存在は,ホッフェルベルト氏の指摘と非常に似ている。

研究機関が多くある学問の町ガルヒングでは,外国人住民は18〜21%で,日本,中国,ロシア,アメリカ出身の独国籍保持者も多い。また近年では政治難民も増加しており,ガルヒング市立図書館では,セルビア語,クロアチア語の図書が強く求められているものの,入手が困難なため蔵書を最新に保つことは難しい。

ガルヒング市立図書館長のヘッケル(Heckel)氏は,図書館が外国人利用者に滞在場所として受け入れられることが重要と考えている。図書館ではトルコ人女性対象の行事を土曜の午後に催したり,地域のマイノリティと彼らの興味のあるテーマ――庇護権や,暴力,外国人であることの不安等について,討論会や関連図書の展示を試みたりしている。

以上のように,ドイツのマイノリティは民族・言語・文化的側面のみならず,社会的・政治的立場も多様である。また,一世が抱える問題と二世・三世のそれ(母国との関係等)は異なっている。国内では外国人敵視感情がはびこり厳しい状況だが,図書館は彼らの関心や需要に理解を示している。

一方アメリカでは,大学やその図書館学部の学生,図書館司書のうち,マイノリティの割合が依然として低いことが指摘されている。全米教育統計センターの1990年の統計によれば,アフリカ系は人口の12.3%を占めるのに対し,単科大学入学者の8.7%,卒業者の5.7%であり,ヒスパニック系は人口の7.7%を占めるのに対し,入学者の4.9%,卒業者の2.7%である。また1991〜2年の図書館情報学修士取得者4,893人のうち白人は4,230人であるのに対して,アフリカ系は159人,ヒスパニック系は106人,アジア系は148人,先住アメリカ人は8人である。

マイノリティの図書館学学生が少ない理由としては,主に次の点がある。一部のマイノリティは,司書を身分の低い職業だと思っていること。また,実際にマイノリティが図書館で働ける機会が十分にはないこと。奨学金援助が不十分なこと。その他図書館学部の教授にマイノリティが少ないこと等である。

こうした状況を変えるため,いくつかの大学では,マイノリティの学生のためにインターンシップ・プログラムを実施している。その中でも特にカリフォルニア大学サンタバーバラ校では,実習生は補助図書館員として1年間の契約を結び,手当をもらうことができる。この他ミシガン大学図書館では委員会を設けて職員の自覚を促しており,コロンビア特別区大学図書館ではさまざまな文化的背景をもつ学生に対する利用者教育プログラムが行われている。

多くの図書館では,能力や経験がないとしてマイノリティを雇用していない。そこには根深い「シングル・ミステイク・シンドローム」が介在している。マイノリティの一人でもミスをすると,そのグループ全体が無能だと決めつけられてしまうのである。就職できても,マイノリティは自分が組織の主流に受け入れられず孤立しているように感じてしまう。今後の強力なアファーマティブ・アクションやマイノリティへの支援が期待されるところである。

ドイツでは,難民の生活保障のために政府が多額の支出をすることに対して,国内の一部に不満が潜んでいる。またアメリカでは,アファーマティブ・アクションは白人に対する逆差別であるとして,訴訟が起きている。世論は追い風ばかりではないかも知れない。しかし図書館は,今後も引き続き多文化サービスに取り組んで行くべきであろう。

安部 さち子(あんべさちこ)

Ref: Carstensen, Corinna. Multikulturelle Bibliotheksarbeit in einer multikulturellen Gesellschaft. Bibliothek 20(2) 216-244, 1996
河井弘志 試練に向かう多文化サービス みんなの図書館(195)28-43,1993
Nance-Mitchell, Veronica E. A multicultural library: strategies for the twenty-first century. Coll Res Libr 57 (5) 405-413, 1996