カレントアウェアネス
No.250 2000.06.20
CA1330
英国地方自治体の再編と公共図書館―LOGOPLUSプロジェクトの概要―
1986年,当時のサッチャー政権は,イングランド大都市圏の地方自治体再編に乗り出した。首都のグレーターロンドン(Greater London Council)およびロンドン以外の6大都市圏で広域的自治体を廃止し,従来の地方自治体の構造―「カウンティ(county)」(県に相当する広域的自治体)と「ディストリクト(district)」(市に相当する基礎的自治体)から成る二層制の枠組み―を解体して,代わりに一層制の自治体「ユニタリー(unitary authority)」を誕生させたのである。大都市圏に遅れること9年,1995年には,イングランド非大都市圏でも,サッチャーの改革を継承したメージャー政権による自治体再編が始まった。ところが,その後紆余曲折を経て,結果的に非大都市圏では34のカウンティが廃止されずに残されることとなった。こうして―イングランド非大都市圏では一層制と二層制の混在という様相を呈したまま―1998年4月に英国の地方自治体再編は終了した(この間,1997年に政権はブレア率いる労働党に移った)。
英国地方自治体の事務は,カウンティとディストリクトとの間で明確に分担が決められているのが特徴である。例えば,ディストリクトは徴税を担当するが,教育や福祉のサービスはカウンティが担当する,という具合である。二層制下でのこのような事務分担は,一層制自治体の創出に伴い,どのような変化を遂げたのだろうか。イングランド非大都市圏を例にとれば,図書館サービスはカウンティの担当だった。ところがカウンティが廃止され,新たにユニタリーが誕生すると,図書館サービスは従来の所管であるカウンティから新設のユニタリーに移されることになる。
ここに紹介するLOGOPLUSとは,地方自治体再編による図書館サービスの変化がどの程度シームレス(seamless)なものだったのか,すなわち図書館利用者や図書館職員にとって支障なく移行がなされたかどうかを検証しようというプロジェクトで,英国図書館研究イノベーションセンター(BLRIC)の資金提供により,ノーサンブリア大学(University of Northumbria at Newcastle)の情報・図書館マネジメント学部(Department of Information and Library Management)が実施したものである。ここで取り上げるのは,同プロジェクトに参加した自治体のうちの4つの自治体(1996年4月,イングランド北東部の旧クリーブランド・カウンティが廃止されるに伴い,新たに誕生した4つのユニタリー)における調査結果である。
調査活動の中心となったのは,4自治体の公共図書館職員および利用者に対するインタビューと,一般市民への無作為の質問票送付だった。これにより得られた回答を分析すると,再編の過程で各地域の公共図書館に生じた変化が明らかになった。
議員と職員の協力
英国の地方議会は,政策の立案と実施の両機能を併せ持っており,議決機関であると同時に行政機関でもある。その理念的構造は,行政に関しては素人である議員が,その道のプロである職員を指揮下に置くというものである。旧クリーブランドの図書館職員らは当初,新自治体の議員が図書館運営に全く理解を示さないのではないかと懸念していた。蓋を開けてみると,予想外に議員らが図書館運営に熱心なケースもあり,概ね議員と職員との良好な協力関係によって,再編を乗りきることができた。
財政問題
ユニタリーへの移行は,新自冶体のうちの3つにとっては財政的に有利に働いたが,残り1自治体の図書館は,再編後の2年間で人口1,000人あたり1,000ポンド以上も総支出が落ち込んだ。前3者についても,3自治体相互間の格差は大きく,97-98年の統計によれば,最大で1,000人あたり5,000ポンド近い開きがあった。再編過程における図書館財政の変化は,シームレスではなかったようである。
共同事業
行政サービスには,ある自治体が単独で行うよりも複数の自治体が共同で行ったほうが効果的なものもある。再編後,4自治体間では新たに(1)レファレンスサービス,(2)保健・医療情報サービス,(3)学校図書館資料センター,(4)多文化サービスを共同で運用し始めた。後3者は費用対効果などの面で成果を上げたが,第1番目に掲げられたレファレンスサービスは,各自治体の協力が十分に得られず,失敗に終わった。共同で行うよりも各々のレファレンス部門を利用したほうが有利だったからである。
組織機構
再編の結果,組織が簡素化され,洗練された自治体もある。一方,財政難やトップの能力不足による絶え間ない組織変更のために苦労した自治体もある。
職員の技能
個々の職員には再編前よりいっそう柔軟性が求められるようになったが,この評価は自治体により異っていた。ある職員は,カウンティ時代は各自の専門分野が限定されすぎていたため,担当者が不在だと仕事ができなかったが,新自治体ではあらゆる仕事を効果的に行える,と強調した。別の自治体の職員は反対に,カウンティ時代は全職員が互いに助けあい,効率よく業務を遂行していたのに,ユニタリーでは職員が減ったうえに業務の範囲は拡大し,誰かが欠けると仕事ができなくなってしまう,と述べた。
また,このような変化に職員が対応していくためには,適切かつ十分な研修によって幅広い技能を身につけることが必要なのだが,財政上これが困難な自治体もあった。
利用者から見たサービス内容の変化
レファレンスサービス,開館時間,提供される新刊書の冊数,電子的サービス,それぞれの変化につき,利用者に感想を尋ねた。実際のところは,開館時間の平均は再編前に比して短くなっており,また財政難により新刊書の購入量が減った自治体もあったのだが,大多数の利用者はこのような変化に気づいておらず,サービスの質は再編前と同程度であるか,または向上したと認識していた。
総括
一連の改革には理論的な枠組みがなく,行政サービスの向上を狙ったというより専ら政治的な意図によるものだ,という主張がある。イングランド大都市圏のカウンティが野党労働党の牙城だったことから,サッチャー政権下の自治体再編に関しては,特にそのような批判が大きかったという。では,影響を被る各種サービスにとって,再編の結果は惨憺たるものであったかどうか。こと図書館サービスに関しては,再編に伴う変化は概してシームレスだったことが今回の調査で明らかになったと言えよう。
小笠原 美喜(おがさわらみき)
Ref: Parker, S. et al. The LOGOPLUS project: a seamless transition? Libr Manage 20 (5/6) 273-282, 1999
LOGOPLUS/ School of Information Studies research projects [http://ilm.unn.ac.uk/respage.htm](last access 1999. 11. 12)
大塚祚保 イギリスの地方政府 流通経済大学出版会 1998