CA1321 – 「デジタル断絶」の実態―公共図書館におけるインターネットアクセスの背景と意義― / 清水悦子

カレントアウェアネス
No.249 2000.05.20


CA1321

「デジタル断絶」の実態
―公共図書館におけるインターネットアクセスの背景と意義―

かつてアメリカ国民が国の通信ネットワークに接続するということは,電話機を所有することを意味していた。今日では,インターネットを利用できることに意味を変えつつある。しかし,パソコン本体やインターネットの接続料などの価格を考えると,全ての人が経済的に無理なく自宅で利用することは現実には不可能であり,ここに情報を「もつ者」と「もたざる者」のギャップが生じる。このギャップが,下記レポートで「デジタル断絶(Digital Divide)」と呼ばれているものである。

米国商務省のレポート『ネットからこぼれ落ちるもの:デジタル断絶を定義する』(Falling through the Net: Defining the Digital Divide)が1999年7月に刊行された。これはCA1236で取り上げた『ネットからこぼれ落ちるもの 2』の続編で,シリーズの3冊目にあたる。1998年のデータを用いたもので,インターネットの利用について章を設け,どのような人々がどのような場所でインターネットを利用しているかをまとめている。本稿では,本レポートのこの部分に特に注目して紹介したい。

利用の増加と格差

アメリカ国民によるインターネットの利用は増加しており,国民の3分の1以上は家庭の内外のどちらかで利用できる環境にある。また約4分の1は家庭内でアクセス可能である。しかし,人種,収入レベル,教育レベル,地域などの属性による格差は広がりつつある。例えば,

  • パソコンの世帯普及率をみると,白人家庭―ヒスパニック家庭間の格差,白人家庭―黒人家庭の格差は,1994〜98年の間にいずれも6ポイント以上増加している。
  • インターネットの世帯普及率(家庭からインターネットアクセスができる世帯の割合)をみると,1997〜98年の1年間だけでも,教育レベルが最も高い層と最も低い層の差と,収入レベルの最も高い層と低い層の差は,いずれも25%ほど広がっている。
  • 収入レベルの最も低い層で比べると,都市部に住む人がインターネットを利用する割合は農村部の2倍以上である。

といった具合である。

一方,収入レベルの最も高い層では特にパソコンの世帯普及率について人種間格差が小さく,経済的な余裕さえあれば人種に関係なくインターネットを利用している傾向が分かる。また,現在インターネットを利用していない多くの人が,価格が高すぎるからであると説明している。これらのことから,インターネット利用における格差の最も重要な要因はコストであると言えよう。

インターネットを利用する場所

職場で利用する人が最も多く(56.3%),ついで学校(幼稚園から高校までが21.8%,その他の学校が10.9%),その次が公共図書館(8.2%)である。多いとは言えない割合であるが,職場にも学校にも属さない人―失業者,退職した高齢者,専業主婦(夫)―にとって,誰でも使える公共図書館はインターネットを利用する場所として重要な意味を持っている。なお,同じく公的な機関であるコミュニティセンターは0.6%であった。

公共図書館等におけるインターネットの利用

家庭外でインターネットにアクセスするときに公共図書館およびコミュニティセンター(以下,公共図書館等という)を利用する人は多い。特に公共図書館は特定の層の人々に利用されている。すなわち,失業者,退職者,専業主婦(夫),年収2万5千ドル未満の人々,高卒未満の学歴の人,世帯主が女性である家庭,黒人,ヒスパニック,アメリカンインディアン等のマイノリティである。
さらに分析すると,次のようなことが明らかになった。

  • 年収が2万ドル未満の人は2万ドル以上の人に比べて,公共図書館等を利用する割合が2倍以上である。
  • 黒人や白人非ヒスパニック系マイノリティは白人に比べて,公共図書館等を利用する割合が高い(黒人は白人の1.9倍,白人非ヒスパニック系マイノリティは白人の1.2倍)。
  • 家庭にパソコンをもたない人はもつ人に比べて,公共図書館等を利用する割合が1.5倍である。
  • 大学の学位をもたない人はもつ人に比べて,公共図書館等を利用する割合が1.4倍である。

コミュニティアクセスセンターとしての図書館

レポートによれば,家庭や職場でインターネットにアクセスすることの少ない層が,公共図書館等の公的な場所でアクセスしている。これらの人々は他の層に比べ,学習したり職を求めたりする目的でインターネットを利用することの多い層でもある。すなわち,公共図書館等(本レポートでは公共図書館や学校等をコミュニティアクセスセンターと呼んでいる)は,経済的な向上や専門性を高めることを求める人々に,その手段を提供する役割を担っているのである。

また本レポートでは,産業界や行政がコミュニティアクセスセンターを支援していることに触れている。企業が地域の技術センターを設立したり,NetDay(注)を通して学校での接続を手伝ったり,コンピュータやソフトウェアを寄付したり,という支援が行われている。商務省や教育省からコミュニティに対する補助もある。また通信事業者が学校や図書館に割引料金でサービスを提供するE-rateプログラムのもとで,8万以上の学校および図書館がインターネットに接続できる環境をもっている。レポートでは,コミュニティアクセスセンターとして,コミュニティ内の他の機関をも視野に入れることを提案している。例として伝統的なコミュニティセンター,教会,高齢者施設,博物館などが考えられるが,地域の事情を考慮しつつ最適な方法を検討すべきであろう。

レポートの最後では,さらなる調査研究の必要性を指摘した上で,「21世紀に向けて国家を発展させるには,誰一人として後に残してはいけない。21世紀とはコンピュータとインターネットにアクセスできることが,社会の構成員として成功するための鍵となるのだから」と結んでいる。

我が国では…

前回の『ネットからこぼれ落ちるもの 2』に引き続いて,図書館界にとっては示唆に富むレポートであったと言えよう。日本でも,公共図書館において利用者にインターネットを提供している事例がいくつか報告されている。提供する図書館が増えると同時に,「成人向けのサイトを児童が見てしまう」など,現場での問題点が生じてくるだろう。しかしそのような問題点に後込みするのでなく,全ての利用者に情報へのアクセスを保障するという公共図書館の使命にたって,積極的に導入するべきであると考える。

清水 悦子(しみずえつこ)

注:NetDayとは,学校におけるインターネットの整備を支援する,ボランティアを中心とした活動のこと。アメリカで始まり,日本でも取組みが広がっている。
Ref: National Telecommunications and Information Administration. Falling through the Net: Defining the Digital Divide. [http://www.ntia.doc.gov/ntiahome/fttn99](last access 2000.5.10)
Fed focus on “Digital Divide” between whites and minorities. Libr J 124 (13) 14, 1999
「有害情報」も閲覧可能 規制するか悩む図書館 朝日新聞 朝刊 1999.10.14