カレントアウェアネス
No.233 1999.01.20
CA1233
BNF,多難な船出
フランス国立図書館(BNF)新館(フランソワ・ミッテラン館)の全館始動は,直後からの相次ぐシステムの不備・故障,それに続く18日間に及ぶ職員のストライキに揺れる,多難な出発となった。
ストライキの経緯と職員側の要求については,CA1225で概要を紹介している。10月20日から11月6日までのストライキ期間中,図書館は封鎖され閉館。館側と労働組合(労働総同盟(CGT)等6団体の連合)との間で合意の取り決めがなされた6日以後,まず展示室,一般向け閲覧室(オ・ド・ジャルダン)などが順次再開した。しかし問題の研究者向け閲覧室(レ・ド・ジャルダン)の再開は,11月24日にずれ込んだ。館側は当初,再開の遅れは数日間と発表していたが,システムの復旧・改善に予想以上に時間がかかったようだ。結果,このシステム再準備のための閉館は,ストライキによるものと同じ18日間に及んだ。再開後も,出納に時間がかかるため,利用者に必要な資料を事前に申し込ませるという応急的な手続きを取っている(12月20日現在)。ストライキ参加者は新館の全職員のおよそ4分の1を占め,複数の労働組合の連合が館側や文化省(BNFの監督官庁)との交渉などにあたった。
ストライキの直接の端緒となったのは,利用者サービスに直結するシステムの問題である。開館後まもなく不備が明るみに出て,期待されたサービスが実現できないばかりか,相次ぐ故障によって日常業務を通常に行うことすらできない状態となった。職員は,システムダウンを想定した十分な研修を受けておらず,またシステム自体が全館的に複雑に組まれており柔軟性に乏しかったため,マニュアルでの対処が困難だったことが,混乱に拍車をかけた。
実は,システムの問題は全く不測の事態だったわけではない。9月に行われたシミュレーションで事故の可能性が指摘され,館幹部もシステムの脆弱さを認識していたことを認めている。組合は時機尚早の開館の危険性を主張していたが,館側は,政治的な理由も絡み,あえて予定通りの開館を決定したという経緯がある。
職員側が問題にしたのはそれだけではなかった。業務遂行の支障ともなり,職員の不満や不安の原因ともなったのが,一見斬新で近代的に見える,新しい建物の設計だった。敷地の四隅に「本を開いた形」のガラスを使った塔を配した,ドミニック・ペローによる建築は話題になったが,以前から専門家の間で図書館としての機能を疑問視する声があがっていた。職員は,移動に必要以上に時間のかかる長い廊下やたくさんの扉といった,建物の制約による仕事の非効率を訴えている。とりわけ,地下の仕事場の狭さ,浸水事故,窓がなく照明も不十分,といった書庫係の職場環境の悪さは物議をかもした。
このように,新しい環境での,日常業務に直結するさまざまな問題がストライキの引き金となったことは確かだ。しかしその背景には,館の運営についての,幹部陣に対する不満,批判の蓄積があったようだ。10月22日に職員によって発表された,総務部長あての公開状には,次の6つの要望があげられている。1) 利用者に対する誤った広報をやめること,2) 職員に情報を与え,意見を吸い上げること,3) 部門間の情報の流通を良くし,正しい判断を下しうる者が決定権を持つようにすること,4) 情報・通信の新技術について幹部が知識を持ち,適切な利用の仕方をすること,5) 情報システムに関して,知識のない幹部が判断や決定をするのをやめること,6) 職員が日常業務遂行について具体的に何を必要としているか把握すること。
さらに同日,声明を出して,より具体的な要求として,ポストごとの業務の全体的な見直し,開館時間の一時的な削減,全館を月曜休館にすること,の3項目をあげた。休館日についての要求は,一般向け閲覧室が月曜休館,研究者向けが日曜休館であったのを,緊急に必要な業務の再編成にあてる時間を得るため,共通の休館日として研究者向け閲覧室を月曜も閉めたいというものである。
業務の見直しについては比較的早い時期に,ワーキンググループを設置して検討するという案で,職員側と館側が合意に達したと思われる。ストライキの終結を遅らせたのは休館日の件であった。97年夏に,BNFは毎日開館するものとするという政府決定がなされていたので,これを覆すことはできないというのが館側および文化省の態度であった。総額80億フランという大金を投じた施設が,旧BNより劣るととらえられかねない施策は避けたいという政治的な思惑もあったようである。また,故ミッテラン大統領の「毎日9時から夜12時まで」開館,という言葉が引き合いに出され,開館時間や開館日を減らすことに関しては,利用者の不満もあった。
11月4日,文化大臣との会談の席で,大臣側からの提案を組合側が受け入れ,これをふまえて,6日に館側と組合との合意事項が発表された。その大要は以下の通りである。1) 1999年1月31日まで,研究者向け閲覧室は月曜を終日休館とする。この間にワーキンググループの会合を開いてサービス機構,職場環境,研修などの改善を目指し,平行して情報システムの改善も行う。ワーキンググループは,「情報と利用者の受け入れ」「BNFの任務の実行」などテーマ別に9つで,それぞれ10名から15名の職員からなる。2) 99年2月1日から6月30日まで,研究者向け閲覧室は月曜の午前中休館。この措置は変更の可能性もある。3) 99年6月30日までの間に利用者アンケートを実施し,開館時間とサービスの質についての意見を求める。4) 書庫係の処遇について。5) 臨時職員の処遇について。6) 今後の図書館の再開計画。7) ストライキ中の給与に関わる措置。
最初の構想から10年,現在のような機構に落ち着き新館の完成を見るまでに,さまざまな議論・紆余曲折を経てきたBNFだが,その大きさゆえに抱える問題も大きいということを,今回のストライキが如実に示したといえるだろう。フランス国内の報道には,ルーブル改修,バスティーユ・オペラ座などミッテラン前大統領のもとで企画・推進された大規模工事の一環としてのBNFを,「ファラオ的」などと形容し,その形式的豪華主義を揶揄する論調のものも少なくない。国家的大事業と文化行政との関係という意味で興味深い問題を提示しているとは思うが,同じく図書館での仕事に携わるものとしては,BNFがこの危機を乗り越え,名実ともに近代的な大図書館として職員が誇りを持って日々の仕事にいそしむことができる日を望むものである。
永野 祐子(ながのゆうこ)
Ref: La Bibliotheque national de France au travail! [http://altern.org/bnfengreve/] (last access 1998.12.20)
Bibliotheque national de France [http://www.bnf.fr] (last access 1998.11.27)
Le Monde 1998.10.8; 11.4
Le Figaro 1998.10.7
Liberation 1998.10.31; 11.1
Le grand bug de la BNF. Nouvel Observateur (1774) 42-44, 1998