CA1155 – データベースの法的保護に関するEU指令 / 清水隆雄

カレントアウェアネス
No.219 1997.11.20


CA1155

データベースの法的保護に関するEU指令

1996年3月11日,欧州連合(EU)は,「データベースの法的保護に関する指令」を発表した。EUは,著作権及びそれに関連する分野の権利について,すでにこれまで,コンピュータプログラムに関する指令(1991年),レンタル権に関する指令(1992年),衛星及びケーブルに関する指令(1993年),保護期間に関する指令(1993年)を発し,情報社会に向けた法的な枠組みを整備しつつあるところであり,このたびの「データベースの法的保護に関する指令」も,こうした一連の流れに添うものである。

EUはその域内において,データベースを著作権上どう取り扱うか統一する必要性があることから,このたびの指令が出されたわけである。これにより,EU加盟の15カ国は,1998年1月1日までに,この指令に準拠した新たな法律を整備する必要が生じてきた。アメリカなど多くの国においては,著作権は,伝統的に少しでも創造性が表現されていれば,その製作者に対し与えられている。しかし,単なる事実や情報をデータベース化したものについては,そこに最小限度の創造性もないと思われることから,著作権法の保護の対象とされていない。1991年のルーラル社対ファイスト社裁判において,アメリカ合衆国連邦最高裁判所は,名前や住所を,単にアルファベット順に並べただけの電話帳には,創造性の最低限の痕跡も見られないから,著作権の保護に値する最低限の基準を満たしていないと判決を下している(CA774参照)。

ところがEU諸国内においては,データベースの著作権に対する考え方はアメリカと異なる。例えば,イギリス,アイルランドにおいては,いわゆる「額に汗(sweat of the brow)」理論が採用されているため,データベースに何ら創造性がなくても,その制作者は著作権法上の保護を受ける。また,北欧三国やオランダにおいては,ほとんど創造性を有しないカタログの製作者に対しても著作権上の保護を与えている。

今回公表された指令の特徴は,商標,著作権,特許などの,いわゆる知的所有権の中に全く新しい「スイ・ジェネリス権(sui generis)」を加えたことである。スイ・ジェネリス権は,著作権とは別個のものである。この権利は,データベースの作成には多大な人的・技術的・財政的資源を必要とし,データベースが,域内における情報市場の発展に必須であり,データベースの作成者を保護する法的枠組みを整備しなければデータベース作成への投資が促進されないとの認識の下に発案されたものである。これは,データベースに何ら創造性がなくても,開発に対する投資を保障するため新たに持ち出された考え方であり,「額に汗」理論と類似している。

それでは,データベースとは何か。定義によれば,「体系的又は組織的な方法で配列した個別の著作物,データその他の資料の集合物であって,電子的その他の手段で個別的に利用し得るものをいう。」従って,データベースの範囲は,電子的なもののほか,紙を媒体とする辞書なども該当すると考えられる。ただし,音楽CDは,データベースの概念に該当するが,収録される実演の選択・配列に創造性が認められないので,著作権の保護を受けられない。しかしながら,スイ・ジェネリス権は,データベースが著作権の保護要件を満たすかどうかにかかわらず,付与されるものである。ただ,スイ・ジェネリス権の付与を受けるためには,データベース作成者による実質的な投資があることを必要としている。音楽CDは実演を収録し,その内容を確認し,表示するような行為に実質的な投資が存在しないと考えられるため,スイ・ジェネリス権の保護も受けられない。

スイ・ジェネリス権を付与されるのは,データの入手,確認表示について量的,質的に実質的な投資をしたデータベースの製作者である。製作者とは,発意し,投資のリスクを負担する者であるので,自然人,法人の双方を指すと思われる。権利を付与される製作者は,1)加盟国の国民又は域内に居所を有する者,2)加盟国の法律に基づいて設立され,かつ域内に事務所,本部又は主たる営業所を登録している会社及び組合である。

スイ・ジェネリス権の保有者は,そのデータベースの全体又は実質的な部分について一部又は全部を抽出,再利用する行為を差し止める権利を持つことができる。抽出とは,著作物で言えば「複製」,再利用とは「頒布」に相当する概念である。

スイ・ジェネリス権の存続期間は,データベースの作成が完了した翌年の1月1日から15年間である。しかしながら,継続的にデータベースを追補,削除又は改変を行う等,新たな実質的投資と判断されるようなものについては,新たな保護期間が与えられる。

EU加盟国は,このような指令にもかかわらず,例外措置を定めることができる。例えば,教育,非営利の科学的な調査,公共の安全に係るもの,裁判手続きについては,スイ・ジェネリス権を制限できる。また,非電子的なデータベースの私的抽出は認められるが,電子的なデータベースの実質的部分を私的に抽出することはできない。こうしたことから,製作者が著作権法の枠組みよりも強力に保護されていると考えられる。また,EU以外の諸国のデータベース製作会社は,スイ・ジェネリス権又はこれと類似した権利が認められていないため,これらの権利が自国の法律で認められるまで,EU域内に事務所や営業所を設立し,作成したデータベースのスイ・ジェネリス権を獲得する必要があるかもしれない。

清水 隆雄(しみずたかお)

Ref: Mirchin, David. The European Union Database Directive sets the worldwide agenda NFAIS Newsl 39 (1) 8-12, 1997
Chalton, Simon. The effect of the E.C. Database Directive on United Kingdom Copyright Law in relation to database: a comparison of features. Eur Intellect Prop Rev 19 (6) 278-288, 1997
山本隆司 データベースの保護に関するEUディレクティブの概要 コピライト (424) 17-20, 1996
名和小太郎 サイバースペースの著作権 1996(中公新書)