CA1112 – ポスト・グーテンベルグの銀河系−電子出版物の台頭− / 小沢信子

カレントアウェアネス
No.210 1997.02.20


CA1112

ポスト・グーテンベルクの銀河系
−電子出版物の台頭−

社会が情報化時代へと変化するにつれ,多大な情報の中から必要な情報を早く正確に選び出せることが求められるようになり,情報伝達メディアはその形を変化させた。電子出版物の出現もその一つである。

「電子出版物」といえば,書籍や雑誌などとフロッピーディスクやCD-ROMといった異種媒体を組み合わせて音響や映像をも伝える形が一般的であるが,この他にもネットを通じてのみ伝えられる純粋な電子出版物がある。こちらは主に学術文献の公表に使われ,多くの研究者たちに利用されている。

純粋な電子出版物の利点として,まず索引やノウボット(自動検索ソフト)などを用いた簡単な検索を可能にした,ということがあげられる。加えてハイパーテキストリンクも可能となり,今までよりも短時間で必要な情報を得られるようになった。また紙による出版物には欠かせない印刷や輸送の時間や手間が省かれるためより新しい情報がどこへでも届けられる。つまり利用者はネットを通じて,世界中の至る所から必要な情報に瞬時にアクセスできるようになったのである。

しかし情報を発する側にとっても利用する側にとっても一番魅力的なのは,出版に付随する対話であろう。誰かが文書をメーリングリストなどで公表すると,他の人がそれに対してのコメントや補足をする。こうして,ある一つの情報に対して互いに間を置かずに意見を交換しあうことができるというこの電子的対話によって,情報は「生きた情報」となっていくからだ。

今日の状況が進展すれば,純粋な電子出版物はさらに充実することになり,利用者が情報入手までに時間と手間のかかる「紙媒体」の出版物よりも「電子媒体」の出版物の方を支持していくことは確実である。それにあわせて出版者も収益を紙による出版物の予約購読制からではなく,より安価な電子出版物のページ・チャージ制から得るように自らを変えていくようになるだろう。

実際このような転換はすでに始まっている。1991年,ロスアラモス国立研究所のギンスパーグ(Paul Ginsparg)は,100名の高エネルギー物理学者にプレプリントの電子的な交換を呼びかけた。彼の電子アーカイヴは成長を続け,今では物理学文献全体の半数以上を含むものにまでなった。これにはさらに毎週350件ほどの新たな文献が加えられており,世界中の2万5,000人の物理学者たちが一日に4万5,000回もアクセスしている。アーカイヴ中の文献は最終的には印刷され,学術雑誌に掲載される。しかし,この試みはポスト・グーテンベルク時代への必然的な流れの確固たる第一歩であると言っていいだろう。

現在,出版者は「紙媒体」と「電子媒体」を組み合わせた混合モデルを試す傾向にある。これは紙による出版物の予約購読者が,少し料金を上乗せすることによって電子媒体の出版物の予約購読もできるようなモデル,もしくは紙による出版物の価格よりも若干安く電子媒体のみの予約購読を提供するモデルである。このような予約購読制は,読者が真に望む利用形態とは言えないであろう。出版者には利用者がどのような形を望んでいるのかを的確に把握し,より良い方向に適合していこうとする姿勢が必要である。おそらく紙による出版物を多く購入してきた図書館からの収益が減少し始めた時に初めて,出版者はページ・チャージ制の利点を認識するようになるのだろう。

印刷技術が発明された時のように,今度は純粋な電子出版物の登場によってポスト・グーテンベルクの銀河系が出現した。これからも電子技術が出版の領域に侵入し,この傾向が強まっていくことは明らかである。次は変化し続ける情報メディアにいかに柔軟に対応し活用できるかということが焦点となるだろう。

小沢 信子(おざわのぶこ)

Ref:Harnad, Stevan. The Post-Gutenberg Galaxy : How to Get There from Here. The Information Society 11(4) 285-291, 1995