CA1061 – 学位論文の整理方法 / 清水悦子

カレントアウェアネス
No.200 1996.04.20


CA1061

学位論文の整理方法

学位論文の資料的価値は,学位の種類や分野によって,さらに国によって違いがある。しかし総じて当該分野における先駆的な,かつオリジナリティを備えた研究の所産であり,また先行研究のレビューを行うことが多いという点で二次資料としての側面もある。これから論文を書こうという研究者からの,同じ教授の下で過去にどのような学位論文が書かれたのか調べて欲しい,という要求も多いという。

しかし,その存在自体があまり一般的ではないうえ,書誌情報が入手しにくいため,その探索,利用には相当の労力を要する,というのも事実である。書誌作成や図書館における整理に際し,学位論文に向いた規則が整備されていないことが,それをさらに困難にしている。

ハリスらが1985年に,アメリカの大学図書館を対象に,学位論文をどのように整理しているかについての調査を行った。それによると,多くの図書館で目録規則は「英米目録規則第2版(AACR2)」 を, 件名標目は「議会図書館件名標目表(LSCH)」を採用している。ばらつきが目立つのは分類であった。「議会図書館分類表(LCC)」 には学位論文にあてるべき分類記号がないため,各図書館ではローカルな分類記号を用いたり,LCCのうち大学関係の出版物(名簿,ガイドブックなど)に与えるべき記号を使用するなど,苦心の跡が見られた。

欧米の学位論文については,それでもユニバーシティ・マイクロフィルム・インターナショナル(UMI)のDissertation Abstracts International(DAI)があり,学位論文の書誌情報の提供と資料そのもののアクセシビリティ向上に役立っている。それでは,DAIがほとんど採録しない第三世界の大学の学位論文はどうだろうか。KhurshidがサウジアラビアのKing Fahd University of Petroleum and Minerals (KFUPM)で10年以上用いられている学位論文の整理システムについて紹介している。

KFUPMでは1975年から自校の学位論文をコレクションとして構築している。それ以前から外国(アメリカ,ヨーロッパ)の学位論文については収集実績があったが,それらは他の資料と混排にされていた。自校の学位論文をコレクションとして別置することにしたため,それまでに収集していた他大学の学位論文も,抜き出して自校の学位論文コレクションの後に置くことになった。このことを契機に学位論文という資料群の整理方法を見直して改善を図り,現在まで続く一つのシステムとして確立させたのである。

KFUPMの目録では,学位論文はモノグラフとして扱われる。1985年の調査で,アメリカの多くの大学は学位論文を手稿(manuscript)として扱っていることがわかった。AACR2の第4章において,一般的な資料の「出版,頒布などのエリア」に対応するものとして「書写年エリア」があり,そこには手稿の書写年のみを記載する,と規定されている。学位論文を手稿として扱う場合には,「出版,頒布などのエリア」には論文の提出年のみが記載されることになる。これに対しKFUPMでは,大学の所在地を出版地に,大学名を出版者に,そして学位論文が提出された年を出版年と見なしている。手稿ではなくモノグラフとして扱うことによりより詳細な書誌記述ができる。

KFUPMの目録について特筆すべきは,学位論文の抄録を目録レコードとリンクさせている点である。KFUPMでは当初,抄録をいれるエリアとして注記フィールドの一部を考えたが,注記は検索対象とならないため,ドキュメントファイルに抄録を持ち,目録とはマスター番号によって関連づけられるようにした。

件名は,各学位論文について次の2つを与える。(1)意味の広い件名に,“Theses and dissertations”を加えたもの(例:Chemical engineering―Theses and dissertations),(2)“Dissertations, Academic”に,分野の細目を加えたもの(例:Dissertations, Academic―Chemical engineering)。これらの件名では詳しい主題からの検索には応えられないが,その点はタイトルと抄録からのキーワード検索で補うことができる。

KFUPMでも分類表はLCCを採用しているが,前述の通りLCCには学位論文のための記号がない。そこで,学位論文のコレクションに対してだけ異なる分類表を用いることを避けるため,LCCのなかでこれまで使われておらず,また今後も使われる可能性の低い記号を探し,それを学位論文コレクションに割り当てることとした。こうしてローカルな分類記号を用い,学位論文コレクションを一カ所に排架したことには,自校の学位論文のリストを作りやすいなどの利点があった。(このリストは3年毎に出版される)

このシステムは,10年以上もうまく機能しており,扱いの難しい学位論文の整理方法としては成功した例といえるだろう。

1985年の調査結果と,このKFUPMでの実践報告をみて明らかなのは,学位論文のための整理規則を確立する必要がある,ということである。それは,目録,分類,件名のいずれについてもいえる。統一された規則さえあれば図書館員は喜んでそれを採用するであろうし,それにより学位論文という資料群の書誌コントロールの可能性が高まるであろう。

清水 悦子(しみずえつこ)

Ref: Khurshid, Zahiruddin. Improvisations in cataloging of theses and dissertations. Cat Classif Q 20(2) 51-59, 1995
Harris, George et al. Cataloging of theses: a survey. Cat Classif Q 5(4) 1-15, 1985