CA1052 – 当局は毀損亡失を隠している?:LCで内部告発 / 小林昌樹

カレントアウェアネス
No.198 1996.02.20


CA1052

当局は毀損亡失を隠している?−LCで内部告発−

LCの警備員であったデボラ・マセダ(Deborah Maceda)は4年間書庫の巡回に従事した結果,ついに逆上してしまった。彼女は1995年1月,LCが資料の毀損亡失を組織的に隠蔽していると連邦検事および上院歳出委員長コニー・マック(Connie Mack)に通報したのである。この告発をうけて検事と議会はそれぞれ調査に乗り出した。

マセダは巡回中に毀損亡失の痕跡を多くみつけたという。当局は確認していないが,彼女は1991年以降だけで30万冊180万ドルの損害があったと試算している。1992年から事故報告と改善提案を繰り返し,上司に疎まれるようになったため,彼女はついにコレクション構成室長に正式の報告書を提出した。しかしひと月待っても室長が司法当局に連絡をとらなかったので彼女は失望し,組織的な隠蔽の疑いがあると告発したのである。結果として彼女は配置転換され,解雇も覚悟しなければならなくなった。

連邦検事局によれば,LC自身が1993年に毀損亡失事故は全て検事局とFBIへ報告すると正式に約束していながら,それを守っていなかったことが判ったという。しかし信頼にたる証拠がないため,検事局の調査は隠蔽疑惑の解明ではなく,あくまで個別の盗難事件の調査という限定的なものとなった。LCのセキュリティ管理全体の問題はマック議員に委ねるというのが検事局の考えである。

議員と検事局からの抗議をうけたビリントン館長はセキュリティ管理に問題がある可能性を認め,8月上旬に内部調査を開始した。彼は手始めに警備部長と警備サービス室長を5日間,事実上の停職にし,書庫内巡回の強化,連邦検事への内部監査官の協力を指令,さらに全職員へ「職員たる基本条件は,コレクションを保護することである」と訓示した。その後LCはセキュリティコンサルタント会社に29万6千ドルをかけた抜本的な調査を依頼することになった。

結局真相は不明のまま,警備サービス室長は他部門へ異動となった。ビリントンは「人事異動は順当なもの」と説明したが,ある職員は「(そうだとしても)もっけの幸いだ。これで誰もがセキュリティにもっと責任をもつようになるだろう」と言う。しかしまだ問題は解決していないという意見もある。

LCの一部職員が属するアメリカ州郡市職員同盟の支部組合長によれば,従来から現場の職員が毀損事故や犯行目撃の報告をしても管理者は何らの措置もとらなかったし,貴重書庫の錠が壊された事件でさえ館長まで報告が上がらなかったことがあるという。組合の内部文書には「(LCは)管理不在としか言い表せない組織だ」とまで書かれた。なぜLCが毀損亡失の調査に乗り気でなかったのか聞かれた組合長は,「障害が大きいのです」と答えた。「(組合は)内部に犯人がいる可能性を捨てきっていません。」

LCは長い間コレクション保全の問題に悩まされてきた。すでに1970年代後半には図書捜査を主たる任務とする特別調査課が設置され,近年では研究者,職員の書庫立入制限を強化するなど(CA817)地道な対応がとられてきたはずであった。なぜこのような事件が起きるのか。

背景の第1に,館長自身「解決のための不断の努力を官僚主義に邪魔させるわけにはいかない」と言っているように,大組織,政府機関にありがちな官僚制のマイナス面があろう。専門の担当課をつくり館長が率先して取り組んでさえ,末端まで指示がどれほど浸透するかは別問題ということである。図書館の技術や理念の議論だけでなく,それらを実務化するための議論がもっと必要であろう。それは学問の場では組織管理論となろうし,実務の場では中間管理職層の課題であろう。

第2に国立図書館としての特殊性がある。LCの広報官は貴重書の亡失は1点もないと抗弁しているが,国立としての存在意義を納本,保存の機能に求める限り,(貴重書に比べれば)一点一点は雑著にすぎなくとも,国立図書館の一般コレクションの保全を公共図書館と同列に論じることはできなくなる。今回の事例がニュース性をもつのも国立図書館ならではのことといえる。国立図書館の存在をアピールする場合よく使われる「国家の文化遺産」「資料の保存」といった言葉がレトリックにすぎないのならば,今回の事例を各業界によくある内情暴露として一笑に付してもよいだろうが,もし仮にそうでないとすれば,いろいろな意味で良き教訓とすべきであろう。

ただし告発者本人にとって今回の事件は良いことではなかったらしい。配転させられた彼女は言う。「内部告発なんてどんな人にも勧めませんね。」

小林 昌樹(こばやしまさき)

Ref: Time 1995. 9. 25
Lifer, Evan St. et al. Library of Congress security force draws federal scrutiny. Libr J 120 (15) 14-15, 1995
LC Inf Bull 54 (18) 1995. 10. 2