CA997 – 図書館とセキュリティ / 小林昌樹

カレントアウェアネス
No.188 1995.04.20


CA997

図書館とセキュリティ

20年間に2万8千冊もの本を盗んだ図書館員ブランバーグ(Stephen C. Blumberg)は,現在懲役6年の刑で服役中である。この事件は蔵書の保全に関する認識を高めたが,蔵書の保全だけが図書館のセキュリティではない。1980年代の半ば犯罪学者リンカン(Alan J. Lincoln)が1700館を対象に行った調査では,半数以上の図書館が盗難や器物破壊を経験していたが、それ以外にも15%が痴漢に,7%が利用者への暴力に遭遇していた。近年では図書館員が勤務中に殺害される事件も起きている。このことは,図書館に物品の盗難以外の対人的な問題もあることを示している。

米国では1980年代に蔵書のセキュリティ対策は概ね改善された。既にほとんどの図書館で,資料費の少なくとも1%が図書の毀損亡失に当てられている。しかしセキュリティ会社の見積りによれば,現在でも図書の2〜5%,AV資料の5〜25%がなくなっている。さらに貴重書盗難問題の専門家モフェット(William Moffet)によれば,図書館員が犯人の場合があるという。「図書館員を責める訳ではないが,最大の損害を与えるのは,多くの場合に内部の仕業だ」と彼はいう。

蔵書のセキュリティで重要なことはアクセスとセキュリティのバランスである。例えば米国議会図書館(LC)では1992年に,以前は一部許可していた書庫立入を完全に禁止した(CA817参照)。一般の研究者や職員の一部からは「学術の発展を阻害する」との反論がでたが,ビリントン館長は委員会で「書庫立入を認めることは潜在的に莫大なコストにつながる」との判断を示し,図書館のセキュリティ専門家からは,むしろアクセスを保証する処置であると評価された。

最近FBIは貴重書の盗難を芸術品の盗難に準じて扱うようになったが,専門家によれば警察や市民が図書の盗難を軽くみているのも問題だという。図書館界にも組織的,統一的な対応はない。大学研究図書館協会(ACRL)のセキュリティ委員会がE-mailで盗難情報のネットワークを組んでいるほか,米国図書館協会(ALA)の図書館建築安全/セキュリティ委員会が活動しているのが目立つぐらいである。

各館の現場は,蔵書のセキュリティよりも対人的な問題に直面している。リンカンが指摘するように,図書館は夜間・週末に開いている唯一の公共施設であることも事実である。1980年代の前半サンフランシスコ公共図書館は,酔っぱらいとホームレスの避難所となってしまい,「正常化」に1年以上かかったという。これらの問題に対処するためのマニュアルをそなえた図書館もでてきている。

このような対人的な問題でもバランスは重要である。1993年に2人の参考係員が殺害されたサクラメント公共図書館では,事件後,監視カメラやカウンターの非常ベルなどのセキュリティ設備を強化したが,(入館拒否のための)金属探知機だけは導入されなかった。「うちは公共図書館です。だからバリアーは置きません。それがうちのやり方です。ですが,それが暗黒面を伴うのも事実だということも,心に留めておく必要があります。」というのが当事者の弁である。このほかにもホームレスが図書館の無料端末を通じて知り合ったパソコン通信の仲間に助けられたという「美談」が日本でも報道されたことを考えれば,一概にセキュリティを強化すればよいというものでもない。

日本では顕在化していない事態に米国の図書館が悩むのは,ひとつには社会全体の治安の悪化が原因であろう。しかし,それ以外にも図書館が社会に密接にかかわっていることの反映,さらには個別の事件を課題として捉える姿勢が図書館員にある証拠と考えられはしないだろうか。

小林昌樹(こばやしまさき)

Ref: St. Lifer, Evan. How safe are our libraries. Libr J 119(13)35-39, 1994
朝日新聞 1994.11.2(夕刊)