CA1053 – 市場原理の有料論 / 滑川憲一

カレントアウェアネス
No.198 1996.02.20


CA1053

市場原理の有料論

図書館に有料制を導入すべしとの有料論の台頭は1960年代後半から70年代初頭のことと古いが,現在有料で提供されているサービスの大半が開始されたのは,80年代半ばから後半にかけてである。この頃より有料論対無料論という対立で盛んに議論が行われたものの,双方の主張に決め手を欠いたまま,その後ほぼ10年が過ぎたことになる。現在また,電子図書館化の動きに関連して,有料サービスの第三の波が押し寄せてきている。こうした中で,以下に紹介するロサンゼルス・カウンティ公共図書館のコフマン(Stephen Coffman)の主張は,図書館に積極的に市場原理を導入しようとする点で興味深い。

コフマンが市場原理導入の最大の効果であると言い,その主張の最も革新的な部分は,図書館の提供するサービスの範囲が,自治体による財源の裏付けというくびきから解き放たれるというものである。試行的なサービスや,利用者が極めて限定されたサービスで,自治体による全面的な負担を正当化しにくいようなものは,有料で提供する。こうすれば,より広いサービスを提供することができる。その際,実際に提供するサービスの限界を定めるのは,市場原理それ自体となる。

コフマンによれば,この新しい型の図書館の持つ利点は次の三点である。まず図書館が情報市場においてより活動的になれること。第二に,図書館がサービスを商品として売買することにより,サービスの質を高め,その費用を抑えるよう努力することが期待できること。そして第三に,外部の,より有利なサービスを自由に購入することで運営費用が低く抑えられること,加えて財源が多様化することで,専ら税に依存する危険が軽減されることである。

コフマンの主張を見ると,その背景に財政事情の悪化の問題と並んで,商業的な情報サービスが今や,図書館の「競争相手」として無視し得ない存在となっている,との認識のあることが理解される。そのような「競争相手」台頭の背景には,人々の情報に対する新しく,量的にも顕著な需要がある。コフマンは図書館が従来の殻に閉じこもり,そうした変化を座視することの愚を指摘し,現状に留まる限り,図書館の役割が相対的に低下する恐れが強いと警告する。

ところで,何らかの変化を訴えたり,新しいものの導入を叫ぶ姿は恰好が良く,その叫びはえてして脅迫的にも迫ってくる。そのために,ここで,公共機関に,それも図書館のような知性に関わる機関に市場原理を導入することの是非もまた問われねばなるまい。市場原理とは,需要が少なければ供給を断つという原理である。図書館運営において「数がものをいう」のは是か。また,情報市場に乗り込み,民間企業と競争する中で基本的サービス(用語解説T7参照)が疎かになる懸念がある。多くの有料論がそうであるようにコフマンの主張も図書館の基本的サービスは無料のまま残すものであり,その点ではすべての人に開かれた図書館としての公共性は保たれよう。しかし,基本的サービスを補足する有料化によるサービス又は製品の選択の幅が,はるかに広がりを持つものであることをもコフマンは謳う。基本的サービスを補足するとは言うものの,有料サービスの肥大化による本末の転倒もまた懸念されるところである。

かくして,図書館の有料化是非論は,図書館の存在意義をよく問うものとなる。

滑川 憲一(なめかわけんいち)

Ref: Koffman, Stephen. Fee-based services and the future of libraries. J Libr Adm 20 (3/4) 167-186, 1995
George, Lee Anne. Fee-besed information services and document delivery. Wilson Libr Bull 67 (6) 41-44, 1993
小泉徹ほか 有料? 無料? −図書館の将来と費用負担− 現代の図書館 21(4)241-251,1983