7.1. 研究動向から見えてくるもの
第4章では,わが国における「子どもの情報行動」に関する研究文献を,図書館情報学の領域のものを中心に,教育工学,教育学,心理学,社会学などの分野を視野に入れながら5つの面から概観してきた。それぞれの面において指摘されている重要と思われることを取り出してみると,以下のようである。
「4.1.公立・学校図書館に関わる子どもの情報行動」では,1. 図書館界においては「子どもの情報行動」という概念に先立って「子どもの図書館利用行動」があり,図書館利用行動は情報行動に包含されるものであること,わが国の利用者研究・調査は,質問紙調査によって全体の傾向を把握することを目的とした研究調査がほとんどであったが,海外の利用者研究では,観察法,質問紙法,利用記録,日記法,面接法,インタビューなど多様な方法がとられていること。2. 図書館情報学の領域の研究内容として,「子どもの行動」そのものに焦点が合わされる研究よりも,「子どもの情報行動に資するためのもの」が研究の対象となる場合が多いこと,および情報リテラシー教育の評価,指導法の研究がまだ進んでいないこと,が挙げられている。
「4.2.子どものウェブ情報検索行動」では,Jansen & Pooch (2001)が当時の状況を評して述べたこと,すなわち,「ウェブ研究の領域がいまだ未成熟な領域ゆえに,1. 情報の記述,2. 分析提示,3. 統計分析の項目の設定や記述方法,にばらつきがあり,研究成果自体の比較や相互参照が成り立たない状況」や,「特に記述に関してはセッションの定義や用語についての未統一という問題」が,日本においてまさに直面している課題であることが指摘されており,日本においては,ウェブ研究としての明確な枠組み,それも子どもを対象とした研究の枠組みが示されるのはもう少し先ではないか,という予測が示されている。
「4.3.子どもの読書に関する教育学的研究」では,教育の面から捉えたときに,「読書」と「情報利用」が,そのほとんどで切り離されて論じられていることが指摘されている。「読書」については学校図書館か国語科教育のなかで論じられ,「情報利用」は,「総合的な学習」「情報科」「理科」「社会科」など別の教科と結びついており,また,子ども自身の「情報利用」よりも教員の「情報機器の利用」による教育の変革という側面から捉えられていることが多い。したがって,今後,教育的アプローチにおける「情報行動」の範囲の明確化がなされていく必要があると指摘されている。
「4.4.各種メディアの心理学的な影響・発達的研究」では,読書・テレビ・テレビゲーム・インターネットのそれぞれについて,認知発達・学力的側面への影響,社会・対人的側面への影響などに関する研究がレビューされている。メディアの影響に関する先行研究では,よい影響も悪影響も見られているが,研究数が全体的に少ない領域もあり,今後,短期的,長期的な影響に関する知見を蓄積していく必要があると述べられている。また,これらの影響の方向性を規定する要因としては,内容や保護者の態度・行動以外にも,利用目的・個人差等もある。これまでのメディアの影響研究の知見を知り,効果的にメディアを利用していくことの必要性が指摘されている。
「4.5.子どもの情報行動に関する社会学的研究」では,1. 大人と子どもの関係,子どもと情報メディアの関係,社会と情報メディアの関係は,静態的なものではなくダイナミックに変容していくものである,2. 子どもが有している想像力,身体感覚,共同性を前提とした議論や,情報メディアに対する使用者の能動性に着目した議論は,より重層的・多面的な問題の検討を可能にする,3. 情報メディアの選好やその使い方に,社会構造のありようが反映されている,などの視点が,このテーマの研究に必要であることが指摘されている。
「4.6.米国の研究動向」においては,わが国の研究に関して,大人用の学問体系に準拠した検索語彙や十進分類体系で子どもたちの情報行動に不便をきたすところはどこか,子どもの情報行動において最も大切な「情報を評価する力」を体系的に教授するにはどうしたらよいか,が今後の課題になるであろうと指摘されている。
重複するが,上記のものをさらにまとめてみると,「子どもの情報行動」というテーマについては,その背景にある諸要素の関係を静態的ではなくダイナミックに変容するものと捉え,とくにメディアの使用者である子どもの能動性に着目すべきであること,子どもの行動・能動性に焦点が合わせられるならば,もっと多様な研究方法が用いられるべきこと,とくに子どもを対象としたウェブ研究の領域ではまだ枠組みも提示されていない状況であること,わが国の研究では,教授法に関するものが不足していること,そして,「読書」と「情報利用」が切り離されて論じられているので,「情報行動」の範囲の明確化が必要であること,メディア利用の影響には,内容・利用目的・個人差などによってよい影響と悪い影響がでてくるので,これまでの研究の知見を効果的メディア利用に活かすことなどが,文献レビューによって明確になり指摘されたことの主な点である。
7.2. 図書館担当者は情報環境をどのようにデザインするのか
教育において「学習環境のデザイン」という概念がある。これについて,美馬のゆりは次のように説明している。「1980年代後半,認知科学の状況論から,学習を個人の認知過程として捉えるのではなく,社会的文化的文脈のなかで捉えようとする新しい視点が生まれた。・・・・これらの研究手法として,なかでも参与観察法は,調査者が対象者の生活する社会や集団に参加し,記述的,報告的データから,ある事象とその事象が生起した社会的文脈の両方について理解することが可能とされている。これは,従来の量的研究に対し,質的研究と呼ばれるものの一種である。これらの知見を教育に活かすべく,“学習環境のデザイン”という概念も生まれた。この概念は,上述の視点のもとに,学習の物理的環境だけでなく,社会的状況も含めた学びの場,活動の場のデザインの必要性を訴えるものである」1(美馬 2007)。
ここに,「子ども」と「情報・メディア」という2者ではなく,それらに関わる「大人」の重要性が指摘されているように思われる。「子どもの情報行動」を考えるにあたって,「子ども」と「情報・メディア」に焦点を合わせて研究をレビューし,さらにその「環境・背景」に関する調査・研究を概観してきたが,「子どもの情報行動」という舞台上での現象に対して,行動しやすいように支援する・行動する方向を指し示す・行動する方法を伝える・行動を共にするなどの「大人」の存在が,「子どもの情報行動」を支えていることが意識されなければならない。そして「大人」という存在が環境をデザインし得るという積極的役割が認識されることが必要である。
図書館は,利用者の情報ニーズに対応する,あるいは情報ニーズを先取りしてサービスを提供することを実践してきたが,では,図書館は「子どもの情報行動」という現象に関して,情報環境をどのようにデザインすることができるのか。他の専門職に対して,図書館員という専門職の独自性を改めて問い直すことが必要ではないかと思われる。これはとりもなおさず,図書館の構成要素を改めて確認した形となった。「図書館員」という構成要素にもっと積極的な意味をもたせることを考えていきたい。
7.3. 将来の可能性にむけて
欧米における図書館,博物館,文書館の連携について,「3者の資料提供の目的は異なっており,独自の方針に基づき発展してきたが,所蔵資料の電子化という共通の課題がでてきたと同時に,図書館資料,博物館資料,記録資料の違いを超えた情報共有化の機会を提供しているともいえる。」と菅野育子(2007)は紹介し,それは「3者が融合するのではなく,各機関が独自にあるいは共同で所蔵資料を電子化し,その電子プロダクツをネット上で融合させ,一つの情報空間を共に築くという連携の形」であると述べている。
それではわが国ではどうであろうか。日本の連携は,ネット上に「一つの情報空間を共に築く」のは図書館同士では一般的であり,図書館と文書館も記録資料として情報の共有化は行いやすいが,図書館と博物館では,あるテーマで講演会を開催するなど,実際に「一つの作業を共に行う」ことのほうが多いと思われる。デジタル化された所蔵資料による情報空間を構築するには,そのデジタル資料群の組織化が必要になる。それは,図書館がもっているノウハウであり,従って情報空間の構築推進には図書館が大きな役割を果たすことができるであろう。
また,情報の発信が重要であることは確かであるが,その情報の受け手が誰なのか,不特定多数ではなく想定される層・グループを把握しておくことが重要なのはいうまでもない。例えば,「修学旅行の生徒向けの情報提供」と明確にすれば,上野エリアの図書館・博物館情報をひとつの空間として提供できる。さらに,「旭山動物園が考える動物園の教育活動について紹介します」と旭山動物園のホームページに明示されているように,自分の館が,○○についてはどのような方針・ポリシーをもっているのか,今一度確認してどのようなサービスを展開するのか,明確にすることが必要であろう。
また,研究と実践が乖離していたのでは,とくに図書館情報学のような実践の学では,何のための研究かわからない。そのために,研究と実践をつなぐものが細かく検討されねばならない。
米国の学校図書館ガイドライン『インフォメーション・パワー』の発表後には,『計画策定のためのガイド』が刊行されている。これは『インフォメーション・パワー』を活用するための手引きである。米国議会図書館の「アメリカン・メモリー」に関しても,学校現場で利用するための具体的手立てが準備されている。忙しい現場の方々が,それぞれ研究成果を読んで学ぶ時間はなかなか確保できない。そこで,研究と実践をつなぐ橋渡しとなる具体的実践的なガイドやツールが必要となるのである。
今回,既存の研究を調べる際に,国立国会図書館が編集・発行する「カレントアウェアネス」が大変有用であった。海外の実践・研究情報を提供し,その動向をレビューした研究を提供している。近年,「カレントアウェアネス」に子どもに関するテーマが増えてきたように感じられるが,電子版「カレントアウェアネス」を利用する層と,国際子ども図書館ホームページを見る層とは異なると思われるので,子ども図書館ホームページにも,研究情報が掲載されることを望みたい。
また,米国図書館協会の下部組織であるYALSAは,ヤングアダルトサービス関連の研究レビューCurrent Research Related to Young Adult Services: A Bibliographyをウェブ上で提供しているが,国際子ども図書館が,例えば「児童図書館研究」を編集しウェブ上で提供できれば,研究と実践をつなぐひとつの手段となる。
最後に,「子どもと情報・メディア利用」という枠組みの中で,読書について考えることの重要性を指摘しておきたい。これは,「子どもの情報行動」研究会議の際に,参加者全員から述べられたことであったが,図書館の独自性を考える上で重要な点であろう。
7.4. 調査を終えて
「子ども」と「図書館」のかかわりを考えるとき,そこには「読書」というキーワードが必ずと言っていいほど登場する。しかしながら本研究は,「読書」を「情報行動」という枠組みの中で相対化することから出発した。読書行動を分析して情報行動のなかにどのように位置づけるかを解明するのではなく,図書の利用,つまり読書を含めた子どもの情報・メディア利用の実態を知り,今後の課題を探り,それへの対応を考えるきっかけを提供することを目的とした。
「子どもの情報行動」に関する研究は学際的なものであるという認識のもと,私たちは関連文献を網羅的にレビューする意気込みでこの研究に取りかかった。しかし,「子どもの情報行動」を定義づけ,範囲を設定し,分担するトピックを選定していくなかで,今回の期間では全体をカバーしきれないことが理解され,トピックを絞らざるを得なかった。とはいうものの,参加者全員がそれぞれの分野を担当し,執筆したことで,できる限り多様な面から「子どもの情報行動」に関する調査・研究がレビューされた。不完全ながらも,これを現在のひとつの到達点としたい。数年後には,全体の流れのなかでこれがひとつの通過点となり,このテーマに関して新たな知見が加わり,研究の蓄積が見られることを願っている。
「おわりに」で,図書館員や学校図書館担当者の存在の積極的役割について少々触れたが,やはり一番重要なのは,図書館担当者が何を思い,何をしたいのかということであろう。「子どもには読書が必要であり,情報やメディアを使いこなす力が必要である」というとき,その前提として,子どもにとって読書がなぜ必要なのか,情報やメディアを用いることがなぜ必要なのか,を明快に説明できなければならない。そして,確信をもって,事に当たることが必要である。
調査を終えるにあたって,とくに,株式会社シィー・ディー・アイの半田章二氏,岡本一世氏,国立国会図書館関西館の村上浩介氏,堤恵氏,国立国会図書館国際子ども図書館の岸美雪氏,大川龍一氏に,心から感謝申し上げたい。本研究のための情報や資料を収集・提供し,滞りがちな本研究グループをひっぱり,進捗状況を調整し,研究の方向を設定し,そして本研究の報告書の完成へと導き,煩瑣な編集作業をしていただいたことに,幾重にもお礼を申し上げたい。
また,「子どもの情報行動」という研究領域を,未熟ながらも一応構築できたことに関して,鈴木佳苗氏,岩崎れい氏,河西由美子氏の各研究委員とともに喜びたく,同時に心からお礼申し上げる次第である。
最後に,こうした機会を与えていただいたことに,国立国会図書館の方々に重ねて感謝申し上げたい。 (堀川)
注
- 美馬のゆり (2007). “電子ネットワークが広げる子どもの可能性”. 子どもとニューメディア. 北田暁大, 大多和直樹編著. 日本図書センター, p.155.
参考文献
American Association of School Librarians. Information Power Books & Products.
http://www.ala.org/ala/aasl/aaslpubsandjournals/informationpowerbook/informationpowerbooks.cfm, (参照2008-03-20).旭山動物園. 旭山動物園公式ホームページ.
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/, (参照2008-03-20).Jansen, B. J. & Pooch, U. (2001). A Review of Web Searching Studies and a Framework for Future Research. Journal of American Society for Information Science and Technology. 52(3), p.235-246.
Library of Congress. American Memory.
http://memory.loc.gov/, (参照2008-03-20).美馬のゆり (2007). “電子ネットワークが広げる子どもの可能性”. 子どもとニューメディア. 北田暁大, 大多和直樹編著. 日本図書センター, 396p.
菅野育子 (2007). 欧米における図書館,文書館,博物館の連携―Cultural Heritage Sectorとしての図書館―. カレントアウェアネス. (294), CA1644.
http://current.ndl.go.jp/ca1644, (参照 2008-03-20).Young Adult Library Services Association. Current Research Related to Young Adult Services: A Bibliography.
http://www.ala.org/ala/yalsa/profdev/research.cfm, (参照2008-03-20).