PDF版はこちら
残念ながら、電子書籍の保存については本調査でもあまり体系的に把握できているとはいえない。これは、調査の問題というより電子書籍の保存そのものについてステークホルダー間に相互理解が深まっていないことに起因すると思われる。
日本国語大辞典によると、保存とは「そのままの状態でたもっておくこと。原状のままに維持すること」(1)とされている。また図書館情報学用語辞典(第3版)では、資料保存を「図書館資料や文書館資料の現在と将来の利用を保証するため、元の形態のまま、あるいは利用可能性を高めるためにメディアの変換などを行うなどして、維持を図ること」(2)と定義する。後者は図書館あるいは文書館資料を射程としているが、すでに紹介したように、千代田区立図書館ではWebを通じた電子書籍の「帯出」サービスがスタートし、構築支援を行ったiNEOには、問い合わせが寄せられていることが、本研究のインタビュー調査からも明らかになった。
そこで本調査では、ネットワークを経由した図書館による将来的な電子書籍提供サービスも視野に入れつつ、図書館情報学用語辞典の「資料保存」の定義を準用して、電子書籍の「保存」を論じていくこととしたい。
3.3.1.1 今回の出版社調査の結果
本調査で出版社に行ったアンケート調査、および電子書籍関連事業者へのインタビュー調査では、保存についての設問項目は1項目、電子化したコンテンツの保存体制について質問を行った。
出版社アンケートの結果によると、出版社の「外部で保存している」が69.4%、「内部で保存している」が26.4%と、7割近くが社外で保存を行っているということが判明した。この設問についてのさまざまな項目とのクロス集計結果については、サンプルが少ないこともあり、有意な差はないと考えられる。
もちろん外部での保存が内部より多いということから、データの保全をより確実にする志向があると考えることは可能で、それ自体はデータの保全と安全性について歓迎すべきことといえる。しかし、その内容については、先に挙げた保存の認識とは異なるのではないかと思われるものであった。
それを端的に示しているのが、電子書籍関連事業者へのインタビュー調査の結果である。この項目への回答を寄せたほとんどの事業者が、「コンテンツの保存」をバックアップに関する事項であると捉えている。たとえば講談社は保存について、「自社内と社外(製版会社と印刷会社)に分散してコンテンツを保存している」と述べている、また集英社は「バックヤードとして(中略)(他社に)保管している」と述べている。これは保存という言葉を、データの滅失や毀損に対しての安全性確保としての保存と想定しているものと考えられる。
内部保存についても、ある程度は予想していたが、ソフトウェア、ハードウェアの対応や人的、組織的体制など、データの長期保存を意識した回答は、残念ながら得ることができなかった。たとえば小学館からは、「自社内保存のみ」との回答が寄せられた。またPHP研究所は「社内のサーバーでダブルに保管、暗号化して関係者以外さわれないようにしている」と答えている。
一方で特筆すべきは、ケータイ小説を主力とする魔法のiらんどが、「常にユーザである作家が編集・削除可能な状態にあ」り「どの時点で作品が完全に完結し、保存するべきかの判断は、作家であるユーザに一任している」と回答しつつも、「新たなメディアとして確立されていることは周知のとおりであり、それに準じた保存機関として、図書館がその役目の一部を担うことは賛成」と答えていることである。新たな表現形態を生み出している事業者からこのような回答が寄せられたことは、興味深い。
出版社アンケートや電子書籍関連事業者へのインタビュー調査を総合すると、電子化したコンテンツの保存について、出版社や電子書籍関連事業者はコンテンツ保持への考慮や漏洩防止措置といった内容であると認識しているのではないか、との結論に至った。
内部保存や取引先の印刷会社、外部のデータサーバの保存では、倒産や天変地異などに抗すすべもないが、アンケートやインタビューの結果からは、出版社等のコンテンツに対する配慮を感じることは困難であった。ただ、これは紙の本においても似た傾向を示すであろうと考えられる。出版社それ自体は、今現在出版しようとしているものについては熱心に保全するが、いったん出版されたあと、絶版となってしまってからの保存はそれほど熱心ではない。かつて自社が刊行した出版物を、再版あるいは復刊のために古書店で探しまわっているという、笑えない話を耳にする。
3.3.1.2 国立国会図書館職員の意識
出版社の回答が保存に対し、冷淡あるいは無関心であるのに対し、国立国会図書館(NDL)職員は、全く異なる反応を示している。
NDL職員に対するアンケート調査では、図書館と電子書籍についての自由記述欄を設定したところ、186名から意見が寄せられた。これらの記述は、あくまでも職員の個人的意見の域を超えないものであるが、電子書籍の保存に関するNDL職員の意識が窺えて興味深い。以下、その内容を紹介したい。なお以下で紹介する記述は、実際の回答を要約したものである。
まず「保存」に関して、反対する意見はあまり見られなかったのに対して、積極的な収集・保存を求める意見は多く見られた。また一見消極的と思われるような意見でも、とりあえず保存するとした上で、利用に供することについて留保するという意見であって、保存することそのものを否定する意見は少数であった。提供方法などは今後の課題、図書館は保存にフォーカスすべき、といった内容の記述が見られたことは、それを象徴している。保存収集そのものに消極的と思われる意見も、税金の無駄になる可能性から慎重に、と時期尚早を指摘する内容であり、いずれは必要になるという認識となっている。
この結果から、電子書籍の保存に対する、NDL職員としての使命感が感じられるといってよい。特に、紙媒体がそもそも存在していないボーンデジタルのデータについては、その増加と関連づけて保存を求める意見が見受けられるなど、危機感が強い。また電子書籍は、紙媒体の書籍以上にコンテンツが消失しやすいメディアであるという回答も見られた。ボーンデジタルデータがインターネットの中で、紙のような物理的実態のないままに飛び回る今、このような情報が図書館の網の目からどんどん漏れ落ちることについてのNDL職員の焦燥感は深く、それだけに図書館の役割は大きいと、回答したNDL職員は認識している。
ただ、実際の保存法はというと、収集・保存だけでそのままで読める紙の本と違い、電子書籍では読むための機器が必要になることから、さまざまな意見がみられる。たとえば、一般の電子資料以上に保存方法への配慮の必要性、永続的保存方法の研究、マイグレーションへの不安、電子書籍に関する基準作成への関与、などである。おそらくCD-ROMなどのパッケージ系電子書籍収集の際に苦労があったのか、収集データの形式や半永久的保存方法の具体策について懸念したり、方策の開発を求める意見が目立った。とまどいといって良いかもしれない。実際問題として、「収集・保存することは重要」と言うことはたやすいが、電子書籍といっても非常に多岐にわたり、それを網羅的に収集することはWEBページの収集以上に困難が予想される。技術決定論に振り回されないようにしないといけない、という意見は的を射ているし、ソフト、ハードの面からも難しいので手掛けたくない、という正直な意見もあった。
逆に、公開についてはむしろ慎重な意見が目立つ。電子書籍の図書館による公開は、無限の無料コピーを配布することに等しく、紙の書籍の公開以上に出版者への影響が大きい。それだけ出版社の反発も強いことが予測されるからだろう。このような意見の代表例として、紙媒体と電子媒体の提供方法の差別化、市場や利用者のニーズに従った対応、従来の紙の書籍と同様のスキーマでの提供に対する否定的見解、図書館を通じた電子書籍の無償提供による販売者の損失拡大、法制や他業種との関係を踏まえた事業モデル形成の必要性、などが指摘されている。
電子書籍の利用に関しては、著作権への言及もある。現在の著作権の考え方がそもそも電子書籍のような利用法を想定していないため、新たな法的枠組みが必要と考えられているのである。すなわち、著作権侵害の容易さを踏まえた補償の検討、著作権問題へのポリシー作成と法制化の検討、などである。
(1) “保存”. 日本国語大辞典 第12巻. 第2版, 小学館, 2001, p.114.
(2) 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会編. 図書館情報学用語辞典. 第3版, 丸善, 2007, 122-123p.