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獨協大学 経済学部 井上 靖代(いのうえ やすよ)
はじめに
図書館活動へ個人や企業が財政的な援助をしたり、ボランティアや友の会のメンバーとして自分の時間を「寄付」することはアメリカでは一般的である。特に公共図書館への貢献は民主主義社会の具現化行為として、熱心におこなわれている。地域社会活動に参加することは個人として当然の行為なのである(1)。地域社会として公共図書館活動の存在やその活動を社会の目的の実現として受け入れているからである。
その歴史的文化背景を見てみると、19世紀後半からのアメリカ経済構造の変化と関わっている。産業構造の変化により、企業(corporations)、企業連合(カルテル)(pools)、 トラスト(trusts)といった大規模の会社所有が増加してくるにしたがって、その中心人物たちは州を越え組織活動の大規模化を図るようになってきていた。当時、法律によって州を越えての企業合同は許可されていなかったのが、1888年ニュージャージー州で法律が変わり、ロックフェラーが所有していたスタンダード石油会社が州を越えて拡大できるようになって、個人所有の大規模企業が登場してきたのである。その大企業化の中で、ビジネス界で支持された考え方がソーシャル・ダーウィニズムである。進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンの考え方をレッセ・フェール(自由放任主義)ビジネスという考え方に転化したものである。同時にソーシャル・ダーウィニズムは道徳的な責任感をも生み出していった。儲けた者は公共善(public good)に貢献すべきだという考え方である。その先をきっていたのがアンドリュー・カーネギーである。彼は、自身が“Gospel of Wealth”と呼んだフィランソロピー活動をおこなうべきであると主張した(2)。カーネギーに限らず、現在でも続いている多くの財団はこの時期に設立されたものが多い。また、現在でも企業、あるいは企業の所有主が財団を設立して、地域社会に貢献しようとするのは、必ずしも税の減免を受けるということだけではないだろう。
(1) 図書館の財源
図書館の財源は各地域の不動産(固定資産)の税率を基本として、直接目的税として図書館税が徴収されるところが多い。しかし、それは不動産を所有している住民が少ない地域では貧弱なものとなり、一般的には図書館・博物館サービス法に基づく連邦政府からの補助金を受け取らなくては維持できないことになる。さらに州によっては別に予算を計上して活動補助金としているところもある。カリフォルニア州などのように教育文化関係の課税率を抑えていたり、先住民の居留地地域が多く担税力が弱い州では、その補助金を税収から獲得できず、多くの場合、図書館収入はほかに財源を求めざるを得ない。そういった図書館では、民間財団からの民間資金の活用を申請し、補助金を交付してもらったり、あるいは独自に図書館財団を設立して、地域住民や企業からの寄付金を集め、基金運用を図って活動資金を捻出せざるをえないのである。
(2) 民間財団
アメリカでは内国税収法典(Internal Revenue Code)501(c)(3)にもとづき、寄付者あるいは基金への委託者は免税となる非営利団体NPOのなかで、図書館活動に財政的な支援をおこなう団体は財団(foundation)あるいは基金(fund)である。これらの団体がフィランソロピー活動を展開する。
すべての財団を把握することは出来ないが、Foundation Center(http://foundationcenter.org/)のリストをみると、大きくわけて補助金交付を目的とする独立系財団(grantmaking foundation)、企業が設立した財団(corporate grantmaking foundation)、地域財団(community foundation)がある。これら以外に各図書館に付設される図書館財団(library foundation)がある。
2006年10月段階の基金規模の大きい100独立系財団(3)のトップは、ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation http://www.gatefoundation.org/)で、291億5,350万8,000ドルである。以下、
• フォード財団(The Ford Foundation http://www.fordfound.org)
• ゲッティ・トラスト(J. Paul Getty Trusthttp://www.getty.edu)
• ジョンソン財団(The Robert Wood Johnson Foundation http://www.rwjf.org)
• リリー財団(Lily endowment, INC. http://www.lillyendowment.org)
• ヒューレット財団(The William & Flora Hewlett Foundation http://www.hewlett.org)
• ケロッグ財団(W. K. Kellog Foundation http://www.wkkf.org)
などと続く。ちなみに現在のカーネギー財団は20位である。多くは大企業の創始者などが基金を設定した財団であるが、歴史のある財団になると元の企業の株式等を所有していても、経営はまったく離れてしまっているものが多い。規模が大きいものの、国際的に活動している財団もあればリリー財団のように宗教と関係が深く、インディアナ州内にのみ補助金を交付する団体もある。
企業に付設されている財団としては、The Wells Fargo Foundation(http://www.wellsfargo.com/about/charitable)のように、西部および北西部の地域にのみ補助金をだす1852年設立の銀行が設立した財団や、Verizon Foundation(http://foundation.verizon.com)のように電話会社が設立した比較的新しい企業財団などがある。
図書館活動に補助金をだすことはあまりないが、地域社会が設立した基金財団もある。The New York Community Trust(http://www.nycommunitytrust.org)は、1924年に、個人や企業から目的を決めて寄付したり、寄付者のアドバイスを受けたりしてという個々の基金1,800以上を含む、地域活動のために設立された基金財団である。2005年末で18億9,760万4,374ドルという大規模なものである。The Cleveland Foundationや The Chicago Community Trustなど多くの大規模な都市コミュニティには、地域基金財団がある。
図書館活動に補助金を交付するのは、独立系財団あるいは企業財団であるが、近年では各図書館が自前の財団を付設し、資金を調達することが多くなってきている。図書館友の会が独立したNPOとして財源を確保するところもあれば、カリフォルニア州立図書館のように州税としての図書館税収の増加が見込めないところでは、独立財団として設立するところもある。
(3) 図書館長の役割
自前の図書館財団を設立しているところでは、当然のことながら外部民間資金調達のために、専任担当職員を雇用している。しかし、そうではない図書館では図書館長が上記の民間財団などに申請し、資金調達する責任を負っている。これらの財団に対して、プロジェクトを構想し企画書を申請し、審査のうえ補助金交付が決定される。基本的な資料費や人件費については交付されないことが一般的である。これらは当然コミュニティで確保すべきことなのである。補助金は図書館サービス活動に交付され、その目的や効果などをきちんと説明責任が求められる。管理職である図書館長は、専門職である司書が企画した内容を審査して、それをまとめて財団に申請できるかどうかの能力を問われる。そのことが地域に貢献した人々のフィランソロピーに対する説明責任となり、同時に公共図書館がアメリカ民主主義社会に貢献し、具現化したものに見える存在として明確に意識されうる。
(1) Bellah, Robert N. Habits of the Heart; Individualism and Commitment in American Life. New York : Harper&Row, 1985, p.167.
(2) Norton, Mary Beth. [et al]. A people and a nation: a history of the united states. 4th ed., Boston : Houghton Mifflin, 1996. p.359-360.
(3) Foundation Center. “Top 100 U.S. Foundations by Asset Size”. http://foundationcenter.org/findfunders/topfunders/top100assets.html, (accessed 2007-02-27).