CA1705 – 韓国の読書推進活動―国の政策と図書館の活動― / 阿部健太郎

PDFファイルはこちら

カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日

 

CA1705

小特集 諸外国の読書推進活動

 

韓国の読書推進活動―国の政策と図書館の活動―

 

 韓国の読書推進活動は、1990年代、読書の重要性が叫ばれるようになって以降活発になる(1)。同じ時期、韓国の児童書の中心が翻訳された海外作品から国内の作品へと(2)、また子どもの読書運動を主導する主体が教師から親へと(3)移りつつあり、児童書への関心が高まっていた。

 

1. 国の読書推進政策

 1990年代以降の韓国の読書推進政策において、画期となったのは、「読書文化振興法」(2006年12月28日制定法律第8100号;以下「振興法」という)の制定である。振興法の目的は、読書を生活に根付かせることで国民の知的能力を向上させて、国家の知識競争力を強化することである。振興法第5条に基づいて、文化体育観光部(部は日本の省に相当)は「読書文化振興基本計画」(독서문화진흥기본계획;以下「計画」という)を5年ごとに策定する。計画に示された、読書文化振興政策の基本的な方向性や例示事業をもとに、関係する中央行政組織や地方自治体(市・道)は、それぞれの実情に応じて、「読書文化振興施行計画」を策定して読書振興事業を施行する。

 初めて計画が策定されたのは2008年であり、2009年から2013年の5か年に関する計画となっている(4)。計画では、国民の読書を活性化するための4大課題、すなわち①「読書環境の形成」、②「読書を生活に根付かせるための事業の推進」、③「読書運動の展開」、④「疎外階層(5)の読書活動の支援」が設定されている。これらの課題についての具体的な推進戦略は以下のとおりである。

  • ①「読書環境の形成」
    •  「子どもの家」(日本の保育園に相当)・幼稚園や学校(初等学校、中学校、高等学校)、職場、家庭、地域の読書環境の形成や優秀図書に対する出版支援事業を推進する。この中で図書館は、専ら地域の読書環境の形成(図書館の拡充・用地確保や図書館支援の条例制定など)に関係するが、学校(学校図書室の運営活性化や司書教師の配置・養成)や職場(職場内図書館の設置)の読書環境の形成とも無関係ではない。
  • ②「読書を生活に根付かせるための事業の推進」
    •  生涯周期(ライフサイクル)別読書プログラムやマニュアルを開発して普及させ、全国民を対象に読書の機能や方法論など多様な知識を習得できるような読書教育を実施し、また読書関連の官民ネットワークや読書情報総合データベースを構築する。
  • ③「読書運動の展開」
    •  読書の月(9月)に「読書文化賞」授賞式や読書キャンペーンを展開、「世界図書・著作権の日」(4月23日。韓国では普通「世界図書の日」と略称される)に本とバラの花を贈る行事を行うなど、国内外の優れた読書運動の事例を参考に多様な読書運動を展開する。
  • ④「疎外階層の読書活動の支援」
    •  障害者のために点字図書などの代替資料を製作して普及させ、また兵営や矯導所(刑務所)、福祉施設における読書活動を支援する。

 計画は、国から地方自治体まで、韓国の読書文化振興政策全体の基礎となるものであり、文化体育観光部の政策も、計画の方向性に従うことになる。文化体育観光部の政策は、「小さな図書館」(E696参照)の整備(6)などもあるが、計画に例示されたものの中では、重点推進課題として、a)全国民対象の無料読書教育の実施、b)政府・自治体及び民間団体共同の読書運動の展開、c)読書情報ワンストップサービスの提供、d)疎外階層の読書活動の支援、の4つが挙げられている(7)。具体的な内容は以下のとおりである。

  • a)全国民対象の無料読書教育の実施
    •  2007年に韓国刊行物倫理委員会がソウルで試験的に実施した読書教育「読書アカデミー」を2008年から全国的に拡大し、体系的な読書プログラムが不足している地方8都市に出張して、各地の図書館などで地域の実情に合った読書プログラムを開講する訪問読書アカデミーを運営する。また、インターネットを通して読書教育を受けられるサイバー読書アカデミーシステムも開発・運用する。そのほかに、職場での読書の雰囲気の醸成や本を通じたメセナ運動の活性化のために企業の経営者を対象にした読書特別講座を実施する。
  • b)政府・自治体及び民間団体共同の読書運動の展開
    •  乳幼児を対象に本を提供する「ブックスタート運動」など、官民共同の読書運動を展開する。
  • c)読書情報ワンストップサービスの提供
    •  新刊図書情報、読後活動(読書感想文を書いたり人に本を推薦したりすること)、読書教育、国内外の読書運動の事例、読書に関する専門的な知識や情報など、各種図書情報を連係した読書情報ワンストップサービス体制を構築・運用する。
  • d)疎外階層の読書活動の支援
    •  障害者用の代替資料の製作・普及に加え、2012年までに完工予定の「国立障害者図書館支援センター」内に「読書障害者用代替資料製作室」を設置・運営し、また農山漁村の子どもなどの読書活動を引き続き支援する。

 d)に関しては、「読書障害者図書館振興法案」が提出されており、その行方が注目される(8)(9)

 

2. 各図書館の読書推進活動

 各地の公共図書館の読書推進活動は、自治体が策定した読書文化振興施行計画に基づいて行われるため、上記の内容でほぼ網羅される。計画の類型に当てはめると、全国的には、地域の読書環境形成に重点を置く自治体が多いようである。

 さらに、こうした施行計画に基づいたもの以外にも、学校図書館なども含めた各地の図書館は、実に多様な読書推進活動をしている(10)。一般的な読書教室(CA1504参照)や読書感想文大会のほかに、読書や課題図書に関するクイズを出題する「読書クイズ」(11)なども開催されているが、そのほかにも興味深く特徴的な活動が多々見られる。以下、それらをいくつか紹介する。

 まず、読書キャンプ(12)や文学紀行(13)がある。読書キャンプは、特定のテーマを設定して本と自然にふれあうキャンプをするものであり、テーマに適ったキャンプ地や本を選び、読書討論や感想文の発表などを通じて自然体験との一体化を目指すものである。また文学紀行は、本や文学にゆかりのある土地を訪ねるものである。その他「読書通帳」を作り、多くの本を借りて読んだ子どもを「読書王」として表彰するなど、多読者を表彰する活動(14)もある。

 また、人形劇も行われている(15)。童話を題材にすることで、人形劇を通してその題材の本を読むことに興味を持たせる狙いがある。ほかに、絵本を映画のように見せたり、また童話を口演したり演劇にしたりする試みもあり、目的は同じである。金重喆は、このような活動により、音楽や詩なども含めて文化媒体の多様化・活性化をはかるべきだ、との考え(16)を示している。

 これらの活動の中には、子ども、とりわけ幼児や初等学校の児童に対する読書推進活動が多く見られる。学校図書館に公共図書館が協力して人形劇や演劇などの読書プログラムを実施する例(17)がある。また、読書キャンプでは子どもと両親が一緒に参加できるものもあり、親を対象にした読書教育の専門家などによる講演会(18)なども開催されている。これらは、単なる地域の社会教育に留まらず、家庭教育の側面も多分に有している。

 

おわりに

 文化体育観光部の国民読書実態調査によれば、1990年代に低下しつつあった読書活動は、2000年ごろから、読書時間は相変わらず減少傾向にあるものの、読書率は下げ止まり、読書量は回復傾向にある。とくに初等学校の児童の読書量は大きく持ち直し、1990年代の読書量を超える勢いである(19)。韓国の読書推進活動は、少しずつではあるが、着実に成果を挙げていると言える。

関西館アジア情報課:阿部健太郎(あべ けんたろう)

 

(1) 宋永淑. 特集, アジアの図書館事情: 韓国の図書館と読書教育. 現代の図書館. 1996, 34(4), p. 175-180.

(2) 朴鍾振. 特集, いま、韓国の子どもの本と読書は: 韓国の子どもの本と読書事情. 子どもと読書. 2009, (376), p. 2-6.

(3) 金重喆. アジアの読書運動 韓国における児童読書文化運動の流れと展望(1). 下橋美和訳. 子どもの本棚. 2000, 29(8), p. 16-21.

(4) この2008年に策定された計画は、以下に詳しい。
河本彩子. 政府主導で急速に進む読書環境整備. 読書推進運動. 2008, (491), p. 6.

(5) 読書活動に困難を伴う人々を広く指す。

(6) 2007年5月、図書館行政は国立中央図書館から文化観光部(当時)へと移管された(CA1635参照)。

(7) 문화체육관광부. 독서문화진흥기본계획 관련 문화체육관광부 중점 추진과제. 2008, 2p.
http://www.mcst.go.kr/web/notifyCourt/press/mctPressView.jsp?pSeq=9301, (参照 2010-02-19).

(8) “독서장애인도서관진흥법안”. 대한민국국회 의안정보시스템.
http://likms.assembly.go.kr/bill/jsp/BillDetail.jsp?bill_id=PRC_Y0A9A1G1M2L0C1U5T5H3M3F8R6H6Y1, (参照 2010-02-19).

(9) [이 의원, 이 법안] 한나라 정병국 의원, 독서장애인도서관 진흥법. 동아일보. 2009-11-24, A8면.
http://news.donga.com/3/all/20091124/24313120/1, (参照 2010-02-15).

(10) 市民団体やマスメディア、出版界や書店の活動については、CA1635やE387及び以下のもので言及されている。
舘野皙. 海外出版レポート 韓国 ユニークな読書振興運動の始まり. 出版ニュース. 2008, (2156), p. 24.

(11) 例えば、以下のものなどがある。
어린이날 ‘독서 퀴즈대회’ 무등도서관. 무등일보. 2009-04-27.
[원주]시립도서관 독서퀴즈 진행. 강원일보. 2009-04-09, 18면.
http://www.kwnews.co.kr/nview.asp?s=501&aid=209040800047, (参照 2010-02-15).
대구 남부도서관, 매월 어린이 독서퀴즈 개최. 매일신문. 2009-02-03, 17면.
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=4982&yy=2009, (参照 2010-02-15).

(12) 例えば、以下のものなどがある。
宋永淑. 特別講演 韓国の図書館の児童サービスと家族読書. 同志社大学図書館学年報. 2009, (35), p. 16-33.
‘독서의 달인’ 에게 듣는 책읽는 비법: ‘추적놀이’ 하며 도서관과 친해지기. 경향신문. 2009-10-27, 25면.
http://news.khan.co.kr/section/khan_art_view.html?mode=view&artid=200910261735075&code=900314, (参照 2010-02-15).
중봉도서관 독서 캠프 참가자 모집. 내일신문. 2009-09-17, 25면.
http://www.naeil.com/news/NewsDetail.asp?nnum=497033, (参照 2010-02-15).
[춘천]춘천시립도서관 에코독서캠프 운영. 강원일보. 2009-07-24, 16면.
http://www.kwnews.co.kr/nview.asp?s=501&aid=209072300127, (参照 2010-02-15).

(13) 例えば、以下のものなどがある。
‘독서의 계절’ 도서관 여행. 인천일보. 2009-09-04, 6면.
장유도서관 독서프로그램 운영. 경남신문. 2009-09-12.
http://www.knnews.co.kr/?cmd=content&idx=832867, (参照 2010-02-15).

(14) 例えば、以下のものなどがある。
진해 시립도서관 이달의 독서왕 운영. 경남도민일보. 2009-12-01.
http://idomin.com/news/articleView.html?idxno=304087, (参照 2010-02-15).
가을만난 한밭도서관 풍성한 독서잔치 한마당. 중도일보. 2009-09-30, 12면.
http://www.joongdoilbo.co.kr/jsp/article/article_view.jsp?pq=200909290018, (参照 2010-02-15).
<영동>도서관 없는 시골학교 ‘독서 열풍’. 중부매일. 2009-09-16, 17면.
http://www.jbnews.com/news/articleView.html?idxno=246777, (参照 2010-02-15).

(15) 例えば、以下のものなどがある。
장수도서관 독서의 달 인형극 공연. 새전북신문. 2008-09-24.
http://www.sjbnews.com/news/articleView.html?idxno=276296, (参照 2010-02-15).
작가 만나볼까… 낭독회 가볼까… 독서퀴즈 나가볼까…‘가을 책잔치’ 뷔페처럼 즐기세요. 동아일보. 2009-09-16, A28면.
http://www.donga.com/fbin/output?n=200909160086, (参照 2010-02-15).

(16) 金重喆. アジアの読書運動 韓国における児童読書文化運動の流れと展望 (2). 下橋美和訳. 子どもの本棚. 2000, 29(9), p. 16-20.

(17) 例えば、以下のものなどがある。
천안 중앙도서관 독서문화 프로그램 운영. 충북일보. 2009-09-23, 11면.
http://www.inews365.com/news/article.html?no=97183, (参照 2010-02-19).

(18) 例えば、以下のものなどがある。
`독서의 계절’ 도서관서 알차게 보내요. 중도일보. 2009-10-06, 18면.
http://www.joongdo.co.kr/jsp/article/article_view.jsp?pq=200910050048, (参照 2010-02-19).

(19) 문화체육관광부. 2008년 국민독서실태조사. 2008, 501p.

 

Ref:

문화체육관광부. 2009년도 독서진흥에 관한 연차보고서. 2009, 261p.

문화체육관광부. 독서문화진흥기본계획. 2008, 44p.
http://www.mcst.go.kr/web/notifyCourt/press/mctPressView.jsp?pSeq=9301, (参照 2010-02-15).

 


阿部健太郎. 小特集, 諸外国の読書推進活動: 韓国の読書推進活動―国の政策と図書館の活動―. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1705, p. 4-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1705