E2821 – ドイツ国立図書館の戦略文書:「戦略的コンパス2035」と「戦略的優先事項2025-2027」

カレントアウェアネス-E

No.508 2025.09.04

 

 E2821

ドイツ国立図書館の戦略文書:「戦略的コンパス2035」と「戦略的優先事項2025-2027」

国立国会図書館収集書誌部逐次刊行物・特別資料課・土肥真樹(どいまさき)

 

  ドイツ国立図書館(DNB)は2024年11月、長期的な戦略をまとめた「戦略的コンパス2035」及び、それにもとづく「戦略的優先事項2025-2027」を公表した。本稿では両文書の概略を紹介する。

●「戦略的コンパス2035」

  2016年に策定された「戦略的コンパス2025」の後継となる「戦略的コンパス2035」(以下「コンパス」)は「文化遺産を保存し、将来をかたちづくる」をモットーに、2035年までの10年間のDNBの業務を指向づけるビジョンとミッション、価値観、行動指針を定めている。

  まずビジョンとして掲げられているのは「知識と人と文化の邂逅の実現」であるが、DNBは教育や研究にとって刺激的な知の世界を拓き、社会的な対話のための信頼の置ける情報源であり場であることを目指すとしている。ビジョン実現のためのミッションとしては「コレクションを継続的に拡大し、誰にでもアクセス可能にする」ことが掲げられている。

  DNBの日常的な業務や計画を基礎づける価値観として、(1)情報の自由と表現の自由、(2)多様性、(3)持続可能性、(4)責任とコンピテンシーが列挙されている。具体的には、(1)はコレクションを誰にでもアクセス可能にすることが利用者の批判的思考やインスピレーションに役立つこと、(2)は利用者のさまざまな経験やニーズ、バックグラウンドを尊重すること、(3)は文化遺産を将来にわたって安全に保存し利用可能とするために、環境や経済などの面で持続可能な行動をとること、(4)は民主主義という中心的な価値観を強化するための資料保存と利用可能性に責任を負うこと、などとされている。

  最後に、2035年までのDNBの行動指針が挙げられている。

  • 利用者が中心
    情報の自由と表現の自由を促進するために、可能な限り制限のないコレクション利用を実現できるよう努力し、利用者参加型で示唆に富んだアクセスを提供する。
  • 駆動力としての自動化とデジタル化
    時代に即した文化遺産の利活用を利用者志向で展開・推進し、デジタルデータと様々なプロセスとを連動させるパイオニアとなる。
  • 外部との強固なネットワーク構築
    国内外のパートナーとともに、知識共同体のための協調的なネットワークを強化し、リーダーシップを発揮する。
  • DNB内部での意義深い創造的活動
    職員としても利用者としても、人をDNBの行動の中心に置く。
    •  

      ●「戦略的優先事項2025-2027」

        以上の行動指針にもとづいて「戦略的優先事項2025-2027」(以下「優先事項」)は、2025年から2027年までの戦略的優先事項を13項目挙げている。

      1. 民主主義、法の支配、表現の自由を肯定し、人種主義と反ユダヤ主義に反対する
      2. ドイツ国立図書館法を時代に即したものとすべく更に発展させる
      3. コレクションの体系的な拡充を図る
      4. DNBの各施設における過ごしやすさを改善する
      5. DNBの一部であるドイツ音楽資料館を更に発展させる
      6. あらゆる種類の資料について、収集や利用に供するための手続を機械化して効率化を図り、利用者とそれらの資料を結びつける
      7. アナログ資料の受入と保管に関わるプロセスを自動化する
      8. DNB職員や利用者のための図書館システム等について、技術インフラを更新し、プロセスの自動化を図る
      9. サービスや、データ及びコレクションへのアクセスの拡充を通じて、科学のパートナーとしてのDNBの役割を強化し、新たな利用者グループへの訴求を高める
      10. AIの領域でのDNBのコンピンテンシーを強化し、サービス等にAIを活用する
      11. 学術ネットワークの結節点として、技術・手法・標準を実践に取り入れるための改革の担い手となる
      12. DNBの全ての職員にバリアフリーでデジタル化された職務環境を提供する
      13. DNBという組織のレジリエンスや柔軟性を高めることで、長期的に持続可能な未来を築く

       

      ●おわりに

        コンパス中のビジョン、ミッション、価値観、行動指針、そして優先事項はすべて連動していると考えて良いだろう。DNBが納本図書館であり、かつドイツにおける中核的な保存図書館であるということを踏まえれば、コレクションを継続的に拡大し誰にでもアクセス可能にするというミッションは自然であり、その基礎に、同館は社会的な対話のための信頼の置ける情報源であり場であるという自己定義があることも頷ける。

        コンパスには「我々(DNB)はドイツの生きた文化的記憶として過去、現在、将来をひとつにまとめる」という記述があるが、文化遺産がたんに物理的であるのみならず人々が共有する集合的な記憶でもあるという視点があるからこそ、図書館はみずからの業務を通じて民主主義や自由、多様性といった価値に関連づけられ、よき知識共同体の形成に貢献する見通しを得られるのだろう。「文化遺産を保存し、将来をかたちづくる」というモットーは、そうした記憶の形成や保持に図書館が寄与し得るという理念を示しているといえよう。

      Ref:
      “Strategie und Innovation”. DNB. 2024-11-22.
      https://www.dnb.de/DE/Ueber-uns/Strategie/strategie_node.html
      Strategischer Kompass 2035. DNB, 2024.
      https://d-nb.info/1348382422/34
      Strategische Prioritäten 2025–2027. DNB, 2024.
      https://d-nb.info/1348383461/34
      ウテ・シューベンス. “ドイツ国立図書館:その機能とサービス、ドイツ国内での位置”. 日本情報の国際共有に関する研究 文部省科学研究費補助金国際共同研究(課題番号10044018)平成11年度報告. 石井菜穂子訳. 2000.
      https://www.nii.ac.jp/publications/kaken/HTML1999/99Schwe02-J.html
      ウルリケ・ユンガー. ドイツ国立図書館におけるデジタル文化資産の収集及び管理―課題と解決―. 24p.
      https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/180711_junger_lecture_jp.pdf