カレントアウェアネス-E
No.508 2025.09.04
E2822
ルクセンブルク国立図書館がもたらす経済価値に関する報告書の紹介
国立国会図書館関西館図書館協力課・横山裕里恵(よこやまゆりえ)
2025年7月、ルクセンブルク国立図書館(BnL)は、同館がルクセンブルクの社会にもたらす経済価値等を分析した報告書“The BnL’s Economic Impact on Luxembourg’s Knowledge Society”を公表した。
BnLは、2022年にコアとなる価値観と戦略的目標を定義したビジョン“Vision 2030”を発表した。ビジョン達成に向けた取組の一環として、2022年から2024年には新たな図書館システムへの移行、ウェブサイトの再構築など五つの主要プロジェクトを完了した。また、2030年までにルクセンブルクに関するコレクション“Luxembourgish Collection”内の全書籍と定期刊行物をデジタル化する目標を掲げ、デジタル化資料のポータルサイト“eluxemburgensia.lu”の拡充を進めている。
ビジョン策定から3年後の2025年初め、BnLの取組の状況を整理し活動を評価するための同館として初の調査が、調査会社bms marketing research + strategyへの委託により実施された。BnL利用者の属性、利用状況、満足度、期待するサービス等を分析するとともに、仮想評価法という手法を用いて、BnLの経済価値の数値化を試みている。本稿では、主に後者に重点を置きつつ、この調査の報告書の内容を紹介する。
●回答者の属性とBnLに対する評価
調査は2025年1月から3月にかけてオンラインで実施され、2,166人が回答した。96%(2,080人)がBnLの登録利用者で、その半数以上が4年を超える長期登録者である。属性としては、利用者の66%が個人利用者、13%が学生、5%がBnLの関連機関(図書館、アーカイブズ機関、博物館等)の職員、4%が大学の研究・教育関係者であった。
登録利用者のBnLに対する満足度は高く、96%が満足していると回答した。彼らが今後BnLに期待するサービスとしては、同館のウェブアーカイブやデジタル化資料への館外からのアクセス拡大、ルクセンブルク国内の図書館所蔵資料の総合目録サービス“a-z.lu”への自然言語検索の実装などが上位に挙がった。
●仮想評価法を用いた経済価値の算出
経済価値の算出に当たっては仮想評価法(Contingent Valuation Method:CVM)という手法が用いられた。これは、一般に市場で取引されない財やサービスの経済価値を測定するために用いられる手法の一つで、主に仮想的状況を設定して対象の便益額を推計するものとされる。図書館の経済価値の測定においてしばしば用いられ(CA1627、E2313参照)、海外の国立図書館では、英国図書館(BL)、ドイツ国立科学技術図書館(TIB)など、また日本においても2000年以降に公立図書館を対象とした事例が見られる。
今回の調査では、BnLへの公的資金が打ち切られた場合にBnLの継続のために支払う意欲があるか(willingness to pay:WTP)、またBnLが閉館となった場合にどの程度の補償を政府に要求するか(willingness to accept:WTA)を尋ねている。仮想評価法においては仮想的状況に基づくことから、回答者が状況を現実的に想定するのが困難な場合があり、より正確な額を引き出すためには質問設計等に工夫を要するとされる。本調査でも、回答者が状況を想定しやすくするため、現在BnLのサービスを利用するためにかけている時間と費用に関する問い等が設けられた。
●BnLの経済価値
WTPに関しては、登録利用者の59%が支払意欲を示した一方、17%は支払うつもりはないと回答した。属性別では大学の研究・教育関係者(74%)が最も支払意欲が高く、一方、民間企業・団体の職員(52%)と学生(42%)では比較的低かった。支払わない理由としては、「BnLは税金によって維持されるべきであるから」「BnLのサービスは無料であるべきだから」が上位に挙がった。
WTAに関しては、平均して月額589ユーロ(約10万円。1ユーロ170円換算で、以下同様)の補償を要求した。最も高額な補償を求めたのは行政職員で、平均して月額750ユーロの補償を求めた一方、大学の研究・教育関係者や民間企業・団体の職員が求める補償額の平均は100ユーロを下回り、属性によって隔たりが大きい結果となった。
得られたデータに基づき算出した結果、BnLは年間3,813万ユーロ(約65億円)の価値を生んでいるとされた。BnLに投じられている公的資金が879万ユーロ(2023年)であることを踏まえると、BnLに対する公的投資1ユーロにつき、3.34ユーロに相当する価値を生み出している計算になると導き出している。
●今後に向けて
調査を通じて、BnLに対する登録利用者からの評価の高さが示された形である。冒頭で述べたビジョンでは、進展するデジタル化を踏まえ、「独自の個性をもって21世紀の課題に挑む図書館の変革」がモットーに掲げられている。BnLでは、今回の調査で得られた知見を踏まえて、今後、ビジョンに基づく戦略の調整を図っていくとしている。
Ref:
“The BnL is worth 3.34 times more to its users than it costs”. BnL. 2025-07-07.
https://bnl.public.lu/en/a-la-une/actualites/communiques/2025/valeur-savoir-resultats.html
“The BnL’s economic impact on Luxembourg’s knowledge society”. BnL.
https://bnl.public.lu/en/a-la-une/publications/presentation-bnl/valeur-savoir.html
“The National Library of Luxembourg (BnL) in the process of transformation – completed projects and a look into the future”. The Conference of European National Librarians. 2023-01-11.
https://www.cenl.org/the-national-library-of-luxembourg-bnl-in-the-process-of-transformation-completed-projects-and-a-look-into-the-future/
“Vision 2030”. BnL.
https://bnl.public.lu/en/a-la-une/publications/presentation-bnl/vision-2030.html
“Annual Report 2023”. BnL, 2024, 85p.
https://bnl.public.lu/dam-assets/publications/rapports/2023-rapport-annuel-en.pdf
“Rapport d’activité 2024”. BnL.
https://bnl.public.lu/en/a-la-une/publications/rapports-annuels/rapport-activite-2024.html
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https://web.archive.org/web/20140308043442/http://www.bl.uk/aboutus/stratpolprog/increasingvalue/britishlibrary_economicevaluation.pdf
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https://www.mlit.go.jp/tec/hyouka/public/090713/cvmshishin/cvmshishin090713.pdf
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https://jslis.jp/wp-content/uploads/2025/04/201405-spring-conference-papers_Part1.pdf
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https://current.ndl.go.jp/ca1627