E2758 – マラケシュ条約の履行を促進するためのARLとCARLによる報告書

カレントアウェアネス-E

No.493 2024.12.19

 

 E2758

マラケシュ条約の履行を促進するためのARLとCARLによる報告書

調査及び立法考査局議会官庁資料課・瀬戸口優里(せとぐちゆり)

 

   2024年2月、北米研究図書館協会(ARL)とカナダ研究図書館協会(CARL)は、「盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約」(以下「マラケシュ条約」;E1455CA1831参照)の履行を促進するための最終調査報告書 “ARL/CARL Task Force on Marrakesh Treaty Implementation: Final Report”を公開した。当事者からの指摘やメタデータの整備など、様々な観点から、マラケシュ条約を実行に移すために必要な施策について提言を行っている。

●背景

   これまで、印刷物の判読に障害のある人々(people with print disabilities)は、利用できる本が非常に少ないために情報と知識へのアクセスが欠如している「本の飢餓」(book famine)とも言うべき状況に置かれてきた。2013年に採択されたマラケシュ条約は、DAISY図書等のアクセシブルな形式に複製された資料の提供と、それらの資料の国境を越えた共同利用を促進することで、「本の飢餓」の解消を目指している。本条約を受けて、ARLとCARLは2019年に共同イニシアチブを開始し、ARL/CARLマラケシュ条約タスクフォースを創設した。同タスクフォースは4つの作業部会(戦略・運営作業部会、受益者作業部会、メタデータ作業部会、システム実装作業部会)を設置して検討を進め、その成果を本報告書にまとめた。

●明らかになった問題

   戦略・運営作業部会が全体の取りまとめや今後の戦略に関する提言を行った。ほか3つの作業部会がそれぞれの専門分野に特化した調査を行った。

   受益者作業部会では、印刷物の判読に障害のある人々などから聞き取りを行った。聞き取りでは、英語以外の資料や新しい本の入手が難しいこと、アクセシブルな形式に複製された資料の利用には制限も多いこと、印刷物の判読に障害のある学生のためのサービスの認知度が学内で低いことなどが指摘された。聞き取りが行われたヨーク大学では、図書館の所蔵資料をPDFファイル等に複製して印刷物の判読に障害のある学生に送付する等のアクセシビリティ・サービスを提供している。PDFを受け取った学生は、音声読み上げ機能を用いるなど自分に合った方法で資料を利用することができる。PDFを閲覧可能な期間が大学図書館によって定められているが、現状の閲覧可能期間は短く、研究に支障をきたすとの声が大学院生から挙がった。また、アクセシビリティ・サービスのことを知らない大学教員や学生が多いことに起因する苦労があることも判明した。

   メタデータ作業部会では、マラケシュ条約を履行するうえで最低限必要なメタデータの仕様を明確にすることを目的としてパイロットプロジェクトが実施された。プロジェクトを通じて、アクセシビリティに関するメタデータを記載する際のガイドラインを策定する必要性が明らかになった。また、現状のMARC21ではアクセシビリティ情報を記載するフィールドが分散していて検索性が低いこと、多くの図書館管理システムではアクセシビリティ情報を記載する341フィールド(コンテンツに関する情報)や532フィールド(注記)が検索対象外又は表示されない仕様になっていること、アクセシビリティの特徴を表すフランス語の統制語彙が英語に比べて不足していることも判明した。

   システム実装作業部会では、アクセシブルな資料を発見・利用しやすくすることを目的として、技術的な側面から検討を行った。その過程ではARLやCARLの会員図書館の大半が、図書館サービスプラットフォーム(Library Services Platform:LSP;CA1861参照)のうち、Ex Libris社が提供するものを利用していることが判明した。現状では、システム上で図書館同士が資料を共有することをLSPの提供者が禁止していたり、メタデータを登録するフィールドを多くの図書館が既に使い切ってしまっていたりするという問題が発生していた。

●提言

  • ARLとCARLに対する提言

       ARLとCARLには、図書館や受益者がアクセシブルな複製物を契約、作成、共有する法的権利を十分に行使できるよう、広範な働きかけを引き続き行っていくことが期待されている。具体的には、アクセシビリティに関する政策への推奨事項の策定、アクセシビリティ情報をメタデータに記載するためのガイドラインの策定、アクセシビリティや著作権に関する研修ツールの作成、統制語彙等のフランス語訳の推進などである。

       また、国際図書館連盟(IFLA)や世界知的所有権機関(WIPO)等主要な関係者との知見の共有、米国議会図書館(LC)の障害者サービス部門National Library Service for the Blind and Print Disabled(NLS)、DAISYコンソーシアム、大学出版部等とのさらなる共同イニシアチブを模索していく重要性も本報告書で指摘されている。加えて、アクセシビリティ情報の重要性を認識し、OCLCやEx Libris社などLSPの提供者との協力を継続することも提言に盛り込まれている。

    • 研究図書館に対する提言

         受益者作業部会からは、印刷物の判読に障害のある人々と協議し、彼らのニーズや障壁を理解・考慮すること、利用可能なサービスを当事者自身が確実に知ることができるよう調整することが推奨された。システム実装作業部会からは、目録を作成する際にアクセシビリティ情報を記載するとともに、利用者がアクセシビリティ情報を閲覧できるようにするべきとの提言が出された。