E2733 – 郷土出版のたいまつを高く掲げて:「岡山文庫の世界」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.487 2024.09.19

 

 E2733

郷土出版のたいまつを高く掲げて:「岡山文庫の世界」<報告>

岡山県立図書館・佐藤賢二(さとうけんじ)

 

  岡山県立図書館では、利用者の課題解決を目的に主題別6部門制(参考資料、人文科学資料、児童資料、社会科学資料、自然科学・産業資料、郷土資料)を採用し、各部門の特色を生かした図書館活用講座を定期的に開催している。本稿では、2024年6月22日に郷土資料部門が開催した活用講座「岡山文庫の世界」の概要について報告する。当日の講座の詳細は当館デジタルアーカイブ「デジタル岡山大百科」上の配信録画を参照されたい。

●「岡山文庫」とは

  岡山文庫は、県内各方面の専門家が執筆陣に名を連ね、岡山県の自然、歴史、文化などあらゆる事象を網羅した「郷土の百科事典」を目指し、岡山県内で出版事業等を手がける日本文教出版株式会社(1948年創立)が刊行する会員制文庫シリーズである。2024年6月、第1巻『岡山の植物』の出版から60年の節目を迎え、総タイトル数は334巻に及んでいる。年間4冊の頻度で発行を続ける郷土叢書の存在は全国的にも珍しく、手に取りやすい文庫本サイズの体裁に、写真を半分以上取り入れる編集方針は創刊当初から変わらない。岡山をはじめて学ぶ人に向けた『岡山の歴史』や『岡山の方言』といった入門分野から『岡山の花粉症』や『岡山の中学校運動場』のようなユニークなテーマまで、シリーズ全体を通し、誰もがその関心に応じて広く岡山を学ぶことが可能である。岡山県内の大型書店、学校や公共図書館で見かける機会も多く、県民には最もなじみ深い地域資料の一つといえるだろう。

●講演会「岡山文庫60年の歩み」

  講座の前半は、日本文教出版株式会社営業部の大森悠平氏が「岡山文庫60年の歩み」と題し、岡山文庫の歴史を概観する講演を行った。その中で、若い時期に東京で過ごした詩人で5代目社長の吉田研一氏が、岡山がどんなところかを聞かれ、どう答えてよいかわからず、岡山のことをもっと知りたいと感じ、文庫創刊に思い至ったというエピソードが紹介された。そのほか、最盛期3,800人を超えた会員制のしくみ、文庫の企画や編集方法、苦労話、廃刊危機を救ったベストセラー、文庫会員が寄せた岡山文庫への期待など、豊富な話題は尽きず、聴衆の関心を引いた。講演後は『岡山の伝説』を皮切りに岡山文庫で40年以上の執筆経験をもつ立石憲利氏、近刊『岡山の神社探訪』の著者である世良利和氏と『岡山の絶滅危惧植物』の著者である日原誠介氏が続けて登壇し、自著の紹介を通して会場を盛り上げた。

●トークセッション「この岡山文庫がすごい!」

  講座の後半は、「この岡山文庫がすごい!」をテーマに出版社、著者、図書館司書がそれぞれの視点でおすすめの岡山文庫を紹介するトークセッションを行った。大森悠平氏は、近年新たな郷土画家の掘り起こしにつながった『岡山のおもちゃ』、世良利和氏は、日本初の映画スターと称される尾上松之助の研究資料に欠かせない『目玉の松ちゃん』、図書館司書の筆者は、岡山文庫の記録性に着目し、失われゆく岡山の記録写真を膨大に残した『写真家山﨑治雄の仕事』などを紹介した。

  参加者には岡山文庫の総目録が配布され、絶版や品切れを理由に図書館でなければ読めないタイトルも多いことから、図書館蔵書の活用が随所で案内された。講座終了後、岡山文庫の展示会場では、こうした絶版となったタイトルの利用を望む声も聞かれた。

●講座を終えて

  本講座は、岡山文庫の創刊者・吉田研一氏の没後30年の命日に開催された。地方文化を牽引してきた文庫の足跡を振り返り、出版社と著者の生の声に参加者がふれ、その魅力を見つめなおし、新たな読み手、あるいは将来の書き手として、これからの郷土出版の機運の高まりを期待して企画したものである。最後の質疑応答の「岡山の文化や歴史を長く編んできたことで、岡山の何がわかり、何が見えてきたのか」という質問は、地域資料を網羅的に構築する図書館に通底する問いかけとも受けとれよう。講座開催の反響として、100人を超える参加者のアンケート回答には、岡山文庫の出版事業を応援するコメントが多く見られた。

  「出版社の仕事は、出版した本の積みかさねがものをいうだけです」。これは講演の最後に引用された吉田研一氏の言葉である。生前168巻まで刊行させた創刊者の遺志は、30年後も引き継がれ、尽きることなき執筆者に恵まれ、地道な刊行ペースを守り、2024年にはその倍にあたる336巻の刊行に達する見込みである。県民の地域への理解を助け、その心に刻まれる郷土資料として、岡山文庫はこれからも地域の未来とともに歩み続ける。吉田氏の掲げた郷土出版のたいまつは、岡山の文化の片隅にいまなお大きな輝きを放っている。

Ref:
“とことん活用講座「創立60周年記念 講演会&トークセッション 岡山文庫の世界~岡山には岡山文庫がある~」開催”. 岡山県立図書館.
https://www.libnet.pref.okayama.jp/event/2024/tokoton/tokoton20240622/0622.html
“とことん活用講座「創刊60周年記念 講演会&トークセッション  岡山文庫の世界~岡山には岡山文庫がある~」”. デジタル岡山大百科.
https://digioka.libnet.pref.okayama.jp/detail-jp/id/kyo/M2024081710472443587
日本文教出版株式会社.
https://n-bun.com/
“岡山文庫で知の探索”. 日本文教出版株式会社.
https://n-bun.com/okayama-pocketbook/
岡山の百科事典『岡山文庫』既刊334巻ラインナップ. 日本文教出版株式会社.
https://n-bun.com/bunko-list.pdf
“岡山文庫 創刊60年 歩みこれからも”. 読売新聞オンライン. 2024-06-14.
https://www.yomiuri.co.jp/local/okayama/news/20240614-OYTNT50044/
“郷土の「知」 深掘り60年 「岡山文庫」を支える若手出版社員たち”. 朝日新聞DIGITAL. 2024-06-19.
https://www.asahi.com/articles/ASS6L4DYVS6LPPZB001M.html
“#65 岡山文庫と岡山県立図書館”. 山陽新聞PODCAST. 2024-07-31.
https://c.sanyonews.jp/podcasts/episode/20240731171906.html