カレントアウェアネス-E
No.482 2024.06.27
E2706
足立区立中央図書館の未返却図書資料対策プランについて
足立区立中央図書館・高橋冬子(たかはしとうこ)
2024年3月、足立区立中央図書館(東京都)は「未返却図書資料対策プラン」(以下「対策プラン」)を策定した。未返却の図書資料をなくし、誰もが利用しやすい図書館を目指すものである。本稿では、当館の概要と対策プラン策定に至る経緯と展望について紹介したい。
●足立区の図書館の概要
足立区立図書館は地域ごとに全15館設置している。全館合計で蔵書数は約157万冊と、23区を含む都内の自治体の中でも多い。千住地区にある中央図書館は中心館として区立図書館全体の方針決定や図書館システムの維持管理、一括選書など固有の業務を行っている。
●「消えた2万冊」
2014年、監査委員による定期監査で、約3万5,800冊に上る長期未返却の図書資料について指摘を受け、効果的な督促のあり方についての検討と強化を図ることとなった。検討の結果、督促効果の高い1年以内の未返却者に重点を置いて督促の強化を図ると同時に、督促を長期間行ったものや、督促先不明で返却見込みのない図書資料については、返還請求権の放棄を行う方針を決定し、2016年6月の区議会で了承を得た。
「消えた2万冊」は、2017年10月の「あだち広報」第一面の見出しである。2016年度に区立図書館全体で1万9,442冊、約2,561万円相当の未返却図書資料について、区が返還請求権を放棄したことを掲載した。図書館の本は借りたら返すもの。それが当たり前の中で、この記事は非常にセンセーショナルなものであり、当時、複数のメディアに取り上げられた。
広報発行と同時に、区では、長期未返却者の自宅・職場への訪問や、督促文面の強化、督促時期の前倒し等の対策を始めた。2018年度には「返却期限を守ろう標語」コンテストを実施し、最優秀賞受賞作品「まーだかな?ワクワク待ってる次の人」を返却期限を守るよう呼び掛けるポスターに活用し、PRを行った。対策の結果、2018年度末時点で1万2,408冊あった未返却図書資料は、2022年度末時点には5,525冊と、半分以下に減少した。
また、訪問やメール等による「督促」を強化した結果分析から、返却率は、延滞期間が短いほど高いことが分かった。延滞期間別の返却率では、未返却1か月未満が81%、その後、3~6か月、6か月~1年と期間が長くなると、64%、40%と減少していく。様々な取り組みから絞り出された次なる「注力ポイント」である。
●「未返却図書資料対策プラン」の策定
図書館では、これまで、督促等により未返却資料を「減らす」ことに注力し、一定の成果を上げてきたが、そもそも長期未返却の図書資料を新たに「つくらない」「増やさない」ことが重要だ。今後は、「予防」と「早期督促」にも重点を置いた取り組みを推進していく必要があると考え、2024年2月、「未返却図書資料対策プラン」を策定した。
対策の主な方針は、「新たな未返却本を発生させない」「早期督促を強化する」「強力な督促で根雪を解消する」「状況に応じて権利の放棄を行う」の4つである。
具体的には、返却期限を記載した「しおり」による周知・啓発、ブックポストの商業施設への新規設置、貸出停止の前倒し、ショートメッセージサービス(SMS)による督促の発信強化等である。
「しおり」の作成に当たっては、行動経済学の「ナッジ理論」に基づき、利用者のマナー意識をそっと後押しする「あなたの次に待っている人のために」のメッセージを盛り込み、5月から全区立図書館と図書受渡窓口で配布している。
ブックポストについては、既に設置済みの20か所に加え、週末等に利用が見込める3か所の商業施設に新規に設置し、図書館のカウンター以外でも返却できることを情報発信しながら、返却しやすい環境づくりを進めている。
貸出停止の前倒しは2024年7月から実施する。現在の運用では、未返却1か月で予約と貸出しを停止しているが、7月からは、返却期限の翌日から予約と貸出しを停止するものである。5月初旬から館内掲示や予約メール等で周知を行っているが、「一度でも返却期限を破ったら、二度と本を貸してもらえないのか?」との問合せもいただいており、誤解のないよう、丁寧な説明に努めている。
対象者への到達率が高いSMSを使った督促自体は、2023年6月から開始し、返却率は約7割と高い効果を得られていた。2024年度からは送付するタイミングを返却期限から3週間経過後から2週間経過後に前倒し、返却がない場合は、複数回繰り返して送信する運用を始めている。
また、対策プランでは、一定期間返却がない者に対し、金銭による請求を求める催告書の発送を予定している。催告後もなお返納のない者で、資料の希少性等も踏まえ返還させることが適当と判断した場合は、資料を紛失したものとみなし、金銭による請求を求めていく。強力な督促による、いわゆる「根雪」を解消する取り組みは、弁護士によるリーガルチェックを何度も重ねながら検討してきたものである。
返還請求権の放棄も継続しつつ、本プランの取り組みにより、2026年度末までに「長期未返却冊数の約50%減」(5,525冊から2,900冊)を目指していく。
●おわりに
対策プラン策定から3か月程が経った。対策を強化したことに戸惑いの声が寄せられる一方で、「次に借りるのを待っている人のために、もっと対策を打ってほしい」という声もあり、このプランを着実に遂行していく意義と必要性を強く感じている。
足立区では、2024年4月から「図書館サービスデザイン担当課」を新設し、これからの図書館のあり方を検討している。対策プランの遂行により、図書館利用の基礎である「図書館の本を大切に扱う文化」を醸成しながら、時代の変化に沿った、誰もが利用しやすい図書館を目指していきたい。
Ref:
“未返却図書資料対策プランを策定しました!”. 足立区. 2024-03-27.
https://www.city.adachi.tokyo.jp/toshokan/topics/202403mihenkyaku.html
未返却図書資料対策プラン(令和6年3月から令和9年3月まで). 足立区地域のちから推進部生涯学習支援室中央図書館. 2024, 10p.
https://www.city.adachi.tokyo.jp/documents/68155/202403mihenkyaku.pdf
あだち広報. 足立区. 2017, 2017(10), 12p.
https://www.city.adachi.tokyo.jp/documents/64679/20171010.pdf
“区内3か所の商業施設に区立図書館の返却用ブックポストを設置しました!”. 足立区. 2024-03-18.
https://www.city.adachi.tokyo.jp/toshokan/topics/202403bookpost.html
“図書館資料長期未返却者への訪問を行います(令和6年4月から令和7年3月まで)”. 足立区. 2024-04-01.
https://www.city.adachi.tokyo.jp/toshokan/20240401tokusokuhoumon.html
“令和6年7月から返却期限を過ぎた際のルールが変わります”. 足立区. 2024-05-21.
https://www.city.adachi.tokyo.jp/toshokan/topics/202407kasidasiteisi.html