E2707 – シンポジウム「大学ミュージアムとしての未来」<報告> 

カレントアウェアネス-E

No.482 2024.06.27

 

 E2707

シンポジウム「大学ミュージアムとしての未来」<報告> 

武庫川女子大学附属総合ミュージアム・横川公子(よこがわきみこ)

 

  2024年5月18日、武庫川女子大学附属総合ミュージアムは、本学の附置研究所である生活美学研究所との統合記念シンポジウム「大学ミュージアムとしての未来―生活美学研究所との統合に際して―」を開催した。本稿では、シンポジウムで行った基調講演及びパネルディスカッションの概要を紹介する。

●基調講演「武庫川女子大学ミュージアムへの私的提言」/平松幸三氏(京都大学名誉教授・京都大学工学博士)

  平松氏による基調講演は、京都大学退官後に就任した日本学術振興会ロンドンセンター長時代に開催された「日英大学ミュージアムシンポジウム」の経験等を踏まえた、大学ミュージアムの現実や課題に対する提案であった。

  • 歴史が示唆する大学ミュージアムの紆余曲折
      英国の大学ミュージアムは、公共博物館より古く300年以上の歴史があり、学部ごとに25にのぼるミュージアムを設ける大学もあり、その重要な位置が確立されている。それと較べ、日本では、京都大学の場合、創設時より博物館構想はあったものの、実現は先送りされ、学術資料や図書資料の管理は悲惨な状況にあった。特に施設・設備の貧困には目を蔽うものがあり、1991年にマスコミが取り上げるところとなって国立大学設備更新に至るのを待たねばならなかった。
  • 大学ミュージアムのコンセプトと課題
      普通の博物館とは異なる大学ミュージアムとは何なのか。基本的には研究と教育の機関であり、要約すれば、学術資料の蓄積・管理・利用のための機関である。

      最も大きな課題は、大学独自のコンセプトを体現する展示である。学内コンセンサスのある展示を提案しなければならない。何故展示するのか、何を展示するのか、誰に向かって展示するのか。研究中心の講座制、いわば小売商の集まりのような国立大学に較べ、私立大学としてのまとまりの良い、しかも自由度の高い制度を活かして、大学ぐるみ博物館、オンライン博物館、モバイル博物館等の展開を提案できる。

●生活美学研究は何を継承できるか

  森田雅子氏(生活美学研究所元所長)によれば、1990年に生活美学研究所を創設した多田道太郎のレガシーは、日常(生活文化)と身体(生活美学)と知(博物学・諸サイエンス)の交錯するところにある。今回の附置研究所改組転換に伴う統合は、当大学附属総合ミュージアムのコンセプトを強化する上で重要な視点を提供するはずである。

  多田道太郎の生活美学研究は、同じく生活の現場に注目した今和次郎の考現学の視線とは一線を画すとし、芸術学、意識変容、基礎理論の3つのコアを軸に阪神間モダニズムや、学院所在地・旧鳴尾村の、宮水と水利に関する祈願と伝承を中心に、近現代までを視野に入れて総合的に検証する甲子プロジェクトの研究を深化させてきた。柔軟な発想を展開することは、当ミュージアムの未来展望に欠かせないと提案する。

●パネルディスカッションから

  平松氏、本学の森田雅子、武藤康弘(文学部歴史文化学科教授)、奥尚枝(薬学部薬学科教授)、宇野朋子(建築学部建築学科准教授)をパネリストとし、筆者がコーディネーターとしてパネルディスカッションを行った。

  ミュージアムを支える文化的背景の差異が語られた。多くのミュージアムを擁する英国には、古いモノを大事にする文化がある。一方日本では、例えば東大では、草創期に輸入して整えた諸設備が埃をかぶって放置されてきた。ゴミとして処分する寸前に、「ちょっと待って」となり、東京駅に隣接するミュージアムスペースにおいて常設展示される学術標本となった(武藤氏・平松氏)。

  第一の課題は、所々に堆積されたゴミに見まがうモノの、価値がわからない状況に、「捨てるのはちょっと待って」と言える体制の構築である(聴衆K氏)。研究者は、研究することが、今、歴史の一コマを作っているのだという認識が必要ではないか(平松氏)。それが歴史を大切にすることにつながる。

  課題の第二は、モノの収蔵である。研究成果は個人に属する私物という限界もあるが、こうした大学が持っている研究と教育の資料を活かさねばならない。捨てないと判断できる諸条件の関係性の中で、未来を見据えることで資料の価値を見出すことができ、個人・大学・地域にとっても重要な宝物となる(パネリスト全員)。一方で、保管スペースが必要となり、多様なコストもかかる。こうした「遺す」コストを誰が支払うのか、という問題提起もあった(K氏)。

  日本の大学ミュージアムは今、すぐ役に立つことでなくサスティナブルな価値の発掘と提案をするべきだろうとし、シンポジウムは閉会した。シンポジウムの動画は、当ミュージアムのウェブサイトに掲載予定である。

Ref:
“シンポジウム開催のお知らせ”. 武庫川女子大学附属総合ミュージアム. 2024-04-30.
https://info.mukogawa-u.ac.jp/museum/newslist?page=1&id=news62
武庫川女子大学生活美学研究所.
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~seibiken/
頭脳の棺桶 国立大学:東大も京大も阪大も広島大もスラム化する. AERA. 1991, 4(22), p. 9-14.
“設置目的”. 京都大学総合博物館.
https://www.museum.kyoto-u.ac.jp/about/about-aim/
森田雅子, 井上雅人, 井本真紀編. 生活美学叢書: 生活美学と多田道太郎. 武庫川学院. 2020, 313p.
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~seibiken/publication/pdf/schoolseries.pdf
“常設展示『Made in UMUT – 東京大学コレクション』”. インターメディアテク.
https://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0266