E2679 – 令和5年度文化財防火デートークイベント<報告>

カレントアウェアネス-E

No.475 2024.03.07

 

 E2679

令和5年度文化財防火デートークイベント<報告>

文化財防災センター・小峰幸夫(こみねゆきお)

 

  2024年1月25日、文化財防災センターは、令和5年度文化財防火デートークイベント「正倉院と国立民族学博物館の文化財防災」を奈良国立博物館講堂で開催した。1月26日の文化財防火デーは、1949(昭和24)年1月26日に発生した法隆寺金堂の火災により壁画が焼損したことを契機に、1955(昭和30)年に制定された。当センターでは、文化財を災害から守り伝えることの大切さを考えるきっかけとすることを目的に、2021年からトークイベントを企画しており、今回で4回目の開催となる。三つの講演とパネルディスカッションを行い、50人の参加があった。本稿ではその概要を紹介する。

  当センター長の髙妻洋成から開会挨拶があった。イベントの概要と、2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震について、文化財への被害は情報として伝わってきているが、具体的な被災状態はつかめていないことを述べた。当センターでは現地での活動に向けた準備を進めているとし、理解と協力を呼びかけた。イベントを通じて、文化財を災害からどう守るのか皆で考えたいとした。

  宮内庁正倉院事務所保存課保存科学室の髙畑誠氏から、「正倉院の保存と文化財防災」と題した講演があった。正倉院正倉と収蔵宝物について概要を述べた後、正倉院における過去の災害例として、特に1254(建長6)年6月17日の落雷による火災と、太平洋戦争時における宝物の避難について報告した。落雷による火災の痕跡が現在も正倉に残っていることや、太平洋戦争時に奈良帝室博物館(現・奈良国立博物館)に移納した宝物の一部を終戦後に展示したことが正倉院展の始まりであることなどを紹介した。次に、現在の宝庫の防災設備や対策について報告した。火災発生時には、正倉の周囲に設置された放水銃で水をカーテン状に放水し、飛来する火の粉を遮断することで正倉への延焼を防ぐ仕組みになっていることが、特に印象的であった。設備を整えるだけでなく適切に運用できる人がいることが重要であり、防災対策は組織として取り組むべき課題であるとまとめた。

  国立民族学博物館学術資源研究開発センター長の日髙真吾氏から、「国立民族学博物館における失火対応と防火体制の再編成について」と題した講演があった。2016年に同館のアイヌの文化展示場で発生した火災について、失火状況と消火活動、館内の対応、調査からみえてきたこと、現在の危機管理について報告した。出火から消火までの状況、消防・警察・報道への対応、その後の展示場や資料に付着した消火剤の除去クリーニング作業など、再開に向けての現場の様子を時系列で述べた。また、火災後はその経験から職員の防災意識に変化がみられ、避難計画の見直しが行われるなど、現在はより実践的な避難訓練が実施されるようになったと述べた。2024年1月の避難訓練で実施した、人体に害のない煙で火災現場を再現した煙体験が印象的であった。

  筆者が「文化財防災センターの業務」と題し講演を行った。当センターは、2020年10月1日に独立行政法人国立文化財機構内に設立された。関連機関とのネットワークを生かし日本の文化財防災の体制を構築することを使命としている機関である。組織の体制、事業内容、当センターと都道府県文化財保護所管部局との連携、発災時の対応について紹介した。

  パネルディスカッションでは、司会として筆者が、パネリストとして髙妻、髙畑氏、日髙氏が登壇した。髙畑氏が正倉院の曝涼について補足の説明を行った。髙妻が講演内容を受けて、組織として体制を作ることの重要性、失敗例の共有の意義について述べた。続いて当日の参加者からの質問票による質疑応答が行われた。西宝庫のモニタリングと空気調和設備の維持管理、宝庫の防災対策、国立民族学博物館の防災訓練と今回の火災覚知、当日の来館者への対応、訓練の頻度、巨大地震の被害想定と復旧・復興など、さまざまなテーマが取り上げられた。今後の防災に向けて、充実した討議が行われた。

  最後に、奈良国立博物館学芸部長の吉澤悟氏から閉会挨拶があり、講演の総括が行われた。普段からの備えが大切であり、日頃の考えやアイディアが文化財を守ることに繋がるのではないかと改めて感じたと述べた。今回の話を職場や研究に生かし、日本の文化財がより安全に守られることを祈念すると述べ、イベントは閉会した。

  イベントのアンケート結果では、正倉院における防災活動や国立民族学博物館で実際に発生した災害の詳細な内容が聞けて良かった、自分の施設内でも共有して防災に役立てたい、などの意見があった。今回のイベントを通して、災害にどのような対応をしたのかを知るとともに、災害の経験をその後どう生かすのか、その大切さを知る場になったのではないかと考える。

  なお、イベントの様子は、当センター公式YouTubeで配信しているので視聴されたい。

Ref:
“令和5年度 文化財防火デートークイベント「正倉院と国立民族学博物館の文化財防災」の開催について”. 文化財防災センター. 2024-01-04.
https://ch-drm.nich.go.jp/facility/2024/01/5-2.html
“令和5年度文化財防火デートークイベント「正倉院と国立民族学博物館の文化財防災」”. YouTube. 2024-02-16.
https://www.youtube.com/watch?v=hRLAlm7Rvac
“文化財防火デー”. 文化庁.
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/hogofukyu/boka_day.html