E2646 – シンポジウム「公共図書館の地域資料サービス」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.468 2023.11.16

 

 E2646

シンポジウム「公共図書館の地域資料サービス」<報告>

実践女子大学短期大学部・橋詰秋子(はしづめあきこ)

 

  2023年9月30日、実践女子大学においてシンポジウム「公共図書館の地域資料サービス:日野市立図書館の実践から考える」が開催された。東京都の日野市立図書館(以下「日野」)は地域資料サービスに力を入れてきた図書館として著名で、当日は遠方からの参加者も目立った。

  シンポジウムでは、第一部として登壇者3人の講演および事例報告を、第二部としてパネルディスカッションを行った。本稿では、シンポジウムの主な内容を報告する。

  最初の登壇者である蛭田廣一氏(元小平市立中央図書館長)は、自身の著書に基づいて、公共図書館における地域資料サービスの現状を述べた。地域資料とは、「当該地域を総合的かつ相対的に把握するための資料群で、地域に関する全ての資料および地域で発生するすべての資料」を指す(『地域資料入門』)。公共図書館は地域資料の収集と利用に関して他には転嫁できない責任をもつが、専任職員は少なく厳しい状況にある。近年では、地元にルーツのある移民資料を積極的に収集する沖縄県立図書館など、意欲的な試みがみられるようになった。その一方で、未整理資料の存在、市民協働と人材育成といった課題も残っていることを指摘した。

  二人目の清水ゆかり氏(日野市立図書館市政図書室)からは、日野の実践が報告された。同館は、図書館設置条例が公布された1965年から地域に関する新聞切り抜きサービスを開始し、1973年に中央図書館が開館すると市政資料や郷土資料の本格的な収集を始めた。その後1977年に、地域・行政資料の専門図書館である「市政図書室」が市役所本庁舎1階に開設され現在に至っている。現在の市政図書室は、職員3人(司書資格有)で運営している。特に市政資料は網羅的収集を目指し、日々市役所職員の口コミやホームページで発行を把握し庁内各課に提供を依頼している。こうした資料は独自の分類表で整理している。また、毎朝、新聞11紙に掲載された日野市や国・東京都の施策に関する記事をクリッピングしA3両面の印刷物にまとめ、庁内全課へ配布している(新聞各社と契約を結び著作権の許諾を得て作成)。このほか、市民に向けた情報発信や、市刊行物等のデジタル化等にも取り組んでいる。

  三人目の根本彰氏(東京大学名誉教授)は、市政図書室に焦点を当て、その歴史的な意義を論じた。公共図書館界でよく知られているように、現在の公共図書館のサービスの原点は1970年に日本図書館協会が出版した『市民の図書館』にある。同書は公共図書館の活動の中心を、市民への個人貸出、児童サービス、市内の全域サービス網に置いた。1960年代の日野の実践を元に書かれたものだが、同館は続く1970年代に同書の内容を超えた、地域資料サービスを含む情報サービスを提供する体制を完成させていた。その体制の一翼を担ったのが市政図書室である。市政図書室は、市民・行政・議員の情報共有体制を実現させ、『市民の図書館』で述べられた資料提供の理論を自治体行政へも貫徹させたものと捉えられる。市役所の中に図書館を組み込み、専門職員が新聞切り抜き速報のような専門性の高い情報サービスを提供する。この事実は、何故かあまり図書館界では知られていないと述べた。

  第二部のパネルディスカッションは、須賀千絵氏(実践女子大学)の司会で進められた。市政図書室の開室に貢献した日野の2代目館長の砂川雄一氏による覚書が紹介され、1970年代の日野の実践が全国に広まらなかった理由等が議論された。議論の中で、現在進んでいる資料デジタル化の動きは地域資料サービスを発展させるチャンスであることや、日野の実践のように、図書館職員や館長の民主主義的な信念を土台として、図書館が市民・行政・議員とのより良い関係性を築くことが重要であろうといった指摘がなされた。

  本シンポジウムは、日本の公共図書館の在り方に多大な影響を与えた日野市立図書館を取り上げた。報告された日野の実践は、地域資料サービスを高度な情報サービスとして展開するものであり、現在においても示唆に富んでいると考える。当日は十分に議論する時間がとれなかったが、これをきっかけに、日野の実践の再評価や地域資料サービスの在り方について議論が進むことを期待したい。

Ref:
“【申込期限延長】特別シンポジウム「公共図書館の地域資料サービス~日野市立図書館の実践から考える~」を開催(9/30)”. 実践女子大学. 2023-09-25.
https://www.jissen.ac.jp/event/year2023/20230807_1.html
日野市立図書館.
https://www.lib.city.hino.lg.jp/
三多摩郷土資料研究会編. 地域資料入門. 日本図書館協会, 1999, 287p., (図書館員選書, 14).
“日野市立図書館設置条例”. 日野市例規集.
https://www1.g-reiki.net/hino/reiki_honbun/f900RG00000195.html
“移民資料コーナーについて”. 沖縄県立図書館.
https://www.library.pref.okinawa.jp/about-okinawa/cat2/post-7.html
“市政図書館(市役所内)”. 日野市立図書館.
https://www.lib.city.hino.lg.jp/sisetu/sisei.html
日本図書館協会. 市民の図書館. 1970, 151p.
竹田芳則. 地域資料サービス. カレントアウェアネス. 2015, (323), CA1846, p. 22-26.
https://current.ndl.go.jp/ca1846