E2538 – 国際学術会議Digital Humanities 2022<報告>

カレントアウェアネス-E

No.443 2022.09.15

 

 E2538

国際学術会議Digital Humanities 2022<報告>

電子情報部電子情報企画課次世代システム開発研究室・大沼太兵衛(おおぬまたへえ)

 

  人文学研究にデジタル技術を応用する実践領域であるデジタル人文学の国際学術会議「Digital Humanities 2022」(以下「DH2022」)が,2022年7月25日から29日まで,東京をホスト都市としてオンラインで開催された。DH2022は,各国のデジタル人文学関係団体の連合組織として2005年に結成されたAlliance of Digital Humanities Organizations(ADHO)の年次大会であり,ADHO結成以前の前身の会議から数えると32回目の大会にあたる。今大会はもともと2021年に実施が予定されていたが,コロナ禍により1年延期され,オンラインで開催されることとなった。ADHOの年次大会がアジアをホスト国とするのは今回が初めてであり,大会テーマとして“Responding to Asian Diversity”(アジアの多様性へ)が掲げられた。

  クロージングセッションでの主催者発表によると,会期中,3件の基調講演のほか,研究発表(ロング・ショート合計)が242件,パネルディスカッションが14件,ポスター発表が72件,それぞれ行われた。加えて,会期前にはDH2022実行委員会学術ワーキンググループによる日本語話者向けの一連の講演が用意され,会期中には各種ワークショップ等の付属的なイベントも行われるなど,充実した内容のプログラムであった。また,ADHO加盟団体からの推薦に基づき,世界各地のアジア研究者によるビデオメッセージを会期前からTwitter及び微博(Weibo)で順次発信するなど,SNSを使った積極的な発信も行われた。

  プログラム全体の概要は,DH2022の公式ウェブサイトで公開されているAbstract Bookから確認することができる。会期中に開かれたセッションは多様かつ多数に及ぶため,以下では,基調講演と,筆者が参加した複数の研究発表セッションの概要を紹介したい。

  基調講演1では,AIくずし字認識アプリ「みを」の開発者であるタリン・カラヌワット氏(Google Brain)が,アプリ開発の裏側や課題等について,自身の研究キャリアの振り返りも交えながら紹介した。なお,同アプリには機械学習の学習用データセットが江戸期の刊本に偏っているという課題があるとし,対策として,「みんなで翻刻」(E2353参照)との連携や,国立国会図書館(NDL)の光学文字認識(OCR)成果物活用によるデータ収集の可能性に言及があった。

  テキスト解析・可視化の代表的なツールである“Voyant Tools”の開発者の一人であるジェフリー・ロックウェル氏(カナダ・アルバータ大学)による基調講演2では,同ツールが各国の研究者のボランティアによる協力で支えられていること(例えば日本語を含む13言語のインターフェイスを備えている)がまず述べられた。続いて,伝統的な人文学とは対照的に共同作業を旨とするデジタル人文学の基本的な性格についての話題に移り,さらに,データが情報(information),知識(knowledge),そして知恵(wisdom)へ蒸留されていくという知のエコシステムに関する抽象的な議論もなされた。また,現在設立準備中のVoyantコンソーシアムの計画にも言及があった。

  基調講演3は,台湾のデジタル人文学を牽引してきた項潔氏(国立台湾大学)によって,中国の歴史的資料のデジタル化をめぐる課題や,現在利用可能なフルテキストデータの現状等が述べられた。また,現在改良中の,特別なIT知識を持たない人文学研究者のためにデジタル資料の保存・管理・分析(フォーマット変換,マークアップ,可視化等)を総合的に支援するプラットフォームであるDokuSkyの紹介も行われた。

  研究発表・パネルディスカッションでは多岐にわたるテーマが扱われた。例えば,特定の史資料に対してデジタル人文学的手法(テキストデータへのマークアップ,データ間の関係分析・可視化,OCRによるテキスト化等)を適用したオーソドックスな研究だけではなく,3Dモデリングや動画データ解析のような,人文学では比較的新しいデータ形式を扱う研究も見られた。また,デジタル人文学の教育カリキュラム,インフラ,方法論,環境問題(デジタル人文学は時として大きな計算リソースを必要とするため)といった,いわばメタ的な観点からデジタル人文学について議論する内容のセッションも複数見られた。今大会では,大会テーマに沿う形で,多言語性やアジア資料を対象とする研究成果の発表が比較的多く見られ,近年のデジタル人文学の国際的な広がりを感じさせた。

  ADHOの次回の年次大会は,グラーツ大学(オーストリア)で2023年7月10日から14日まで開かれる予定である。また,2024年はジョージ・メイソン大学(米国)を会場校とすることが発表されている。

Ref:
DH2022 Tokyo.
https://dh2022.adho.org/
The Alliance of Digital Humanities Organizations.
https://adho.org/
Japanese Association for Digital Humanities.
https://www.jadh.org/
“@DH2022_Tokyo”. Twitter.
https://twitter.com/dh2022_tokyo
DH2022 Local Organizing Committee. DH2022 Conference Abstracts. 2022, 705p.
https://dh2022.dhii.asia/dh2022bookofabsts.pdf
“みを(miwo):AIくずし字認識アプリ”. 人文学オープンデータ共同利用センター.
http://codh.rois.ac.jp/miwo/index.html.ja
みんなで翻刻.
https://honkoku.org/
“ndl-lab/ndlocr-cli”. Github.
https://github.com/ndl-lab/ndlocr_cli
Voyant Tools.
https://voyant-tools.org/
DokuSky.
https://docusky.org.tw/DocuSky/home/
橋本雄太, 加納靖之. みんなで翻刻:歴史資料の市民参加型翻刻プラットフォーム. カレントアウェアネス-E. 2021, (408), E2353.
https://current.ndl.go.jp/e2353