E2518 – D2O:大学出版局と図書館の連携による学術単行書のOA化モデル

 

カレントアウェアネス-E

No.439 2022.07.21

 

 E2518

D2O:大学出版局と図書館の連携による学術単行書のOA化モデル

京都大学学術研究支援室・藤川二葉(ふじかわふたば)

 

  2021年3月,米・マサチューセッツ工科大学出版局(MIT Press)は,アルカディア基金の支援を受け,「大学出版局と研究図書館(research libraries)が協力し,新しい学術出版のエコシステムを作り上げる大胆な実験」として “Direct to Open(D2O)”モデルによる学術単行書のオープンアクセス(OA)化プログラムを開始した。D2Oは,図書館の共同出資により学術単行書の持続可能なOA化を実現するモデルである。このD2Oモデル開発の背景と具体的な設計について記載した,2022年1月公開のホワイトペーパー “The MIT Press Open Monograph Model: Direct to Open”は,本モデルを,著者,読者,図書館等,どのステークホルダーにも公正な形で,十分かつ安定した資金を確保し,専門的な学術単行書をOA化するものであるとしている。

  本モデルの開発の背景について,ホワイトペーパーは以下のように触れている。専門的な学術単行書の出版を支えてきた図書館による購入は,図書館の予算の削減等により減少している。その減少は電子書籍の販売の増加を上回っており,また,電子書籍が単行書購入を控える要因となっていると指摘されている。結果としてMIT Pressでは,学術単行書の出版自体の減少が著しい。一方で,研究成果の発信と利用の媒体として,専門書の重要性には変わりがない。

  そこで開発されたのが,図書館が自館のコレクションのために単行書を購入するモデルから,単行書を「世界のために」OA化するべく共同出資へ参加するモデルへ転換したD2Oである。共同出資に参加した図書館は,MIT Pressの過去出版物へのアクセスと電子書籍の割引購入が可能になる。出資額が目標に達した場合,年間約90冊の新刊専門書のOA化が実現する。

  公正さを担保するため,出資額は機関の種類(提供する学位や人数)によって米国国内だけで16の層に分かれており,また出資の対象として,人文社会学とSTEM&アート・デザインの2つのコレクションから選択することができる。集まった出資額が両方のコレクションのOA化に必要な額を上回れば,余剰分は翌年に回され各参加図書館の出資額の一部に充てられる。2021年の11月時点で全世界で約160大学が参加,目標(2022年11月30日まで)の50%に達し,すでに37冊の単行書のOA化が決定している。コンソーシアムを通じて参加するケースも多い。

  本モデルの成功は,出資額が目標に達しOA化が実現することだけを意味するのではない。ホワイトペーパーでは,何をもってモデルが成功したと考えるかの基準(Model Success Criteria)について,即時オープンであること,持続可能であること,包摂的で公正であること,現在の編集プロセスと統合可能であること,また他の出版社にも応用できること等も挙げている。またホワイトペーパーにはこのような設計の具体的な内容,その背景にあるロジック,他のモデルとの位置付け等が詳細に記載されている。それはD2Oが今後のマーケットの反応等によって修正される,オープンモデルであることにも関わる。経済的な合理性だけに依らず,多くの大学図書館が持つ2つのモチベーション,つまり自機関へのベネフィットと,より広い知のコモンズ構築への貢献の両方に応えるデザインになっているといえる。

  D2Oモデルへの図書館関係者からの評判は上々のようである。アイオワ州立大学図書館のブランディ(Curtis Brundy)氏は,本モデルに係る図書館側の手続きが簡単であること,本モデルが図書館のコレクションポリシーの再検討を後押ししたこと,そして何より,これまでになかった出版社と図書館のパートナーシップが築けたことが大きいと語っている。同氏は続けて,変化はいつでも(特に大学という大きく複雑な組織において)難しく,時間がかかるが,前へ進んでいくしかない,としている。その時に立場を超えて議論し,協力関係を築いていく「コレクティブ・アクションモデル」の強みが発揮されるだろう。

  助成機関からの義務づけもありOA化が先行する英国など欧州に対し(CA1907参照),学術単行書の最大のマーケットである米国でも,様々なOA出版プラットフォームが登場しているが,OA化に懐疑的な研究者もいまだに多いという。単行書のOA化の課題である資金面でのハードル,手続きの煩雑さ,文化や理解の醸成等に対し,D2Oは限られた予算の価値を最大化し,立場を超えた協働による学術出版のエコシステムの構築を目指すことよって,COVID-19でさらに必要性が認識されたオープンサイエンスを推し進めるものといえよう。

  筆者が所属する京都大学は人文・社会科学系の研究者が出版した書籍をOA化する事業を実施した。国内の出版社から出版した日本語書籍は京都大学図書館機構が,海外の出版社から出版した外国語書籍は京都大学学術研究支援室がそれぞれ事業の運営を担当し,後者は2019年度から2021年度に計40を超える本や章をOA化した。ダウンロード数が飛躍的に伸びたケースも多く,参加した研究者からも好評であり,特に研究者コミュニティだけでなく,高額の単行本にアクセスが難しい読者(研究協力者,学生を含む)にも利用可能になることについて評価が高かった。本事業は,電子書籍として出版済みのものをOAに切り替えることが主で,D2Oのような大学出版局と図書館による新たな出版モデルとは全く異なるものであるが,今後の学術単行書のOA化推進に向けて,日本でも立場を超えた議論の場が活性化していくことが望まれる。

Ref:
“A New, Collective Action Open Access Business Model for Scholarly Books”. MIT Press Direct.
https://direct.mit.edu/books/pages/direct-to-open
“The MIT Press announces the release of a white paper on its open monograph model”. MIT Press Direct. 2022-01-19.
https://mitpress.mit.edu/blog/mit-press-announces-release-white-paper-its-open-monograph-model
“Direct to Open post-launch: Refreshers, partnerships, and catching up with Choice Authority File”. MIT Press. 2022-05-04.
https://mitpress.mit.edu/blog/direct-open-post-launch-refreshers-partnerships-and-catching-choice-authority-file
“Direct to Open post-launch: The institutional perspective with Choice Authority File”. MIT Press. 2022-05-11.
https://mitpress.mit.edu/blog/direct-open-post-launch-institutional-perspective-choice-authority-file
“Direct to Open post-launch: Market forces and publisher challenges with Choice Authority File”. MIT Press. 2022-05-18.
https://mitpress.mit.edu/blog/direct-open-post-launch-market-forces-and-publisher-challenges-choice-authority-file
“Direct to Open post-launch: Consortia, goals, and the future of open models with Choice Authority File”. MIT Press. 2022-05-25.
https://mitpress.mit.edu/blog/direct-open-post-launch-consortia-goals-and-future-open-models-choice-authority-file
“Direct to Open enables the MIT Press to publish its full list of spring 2022 monographs and edited collections open access”. MIT Press. 2021-11-30.
https://mitpress.mit.edu/blog/direct-open-enables-mit-press-publish-its-full-list-spring-2022-monographs-and-edited
“The Big Ten Academic Alliance joins Direct to Open from the MIT Press”. BIG ACADEMIC ALLIANCE. 2021-07-21.
https://www.btaa.org/about/news-and-publications/news/2021/07/21/the-big-ten-academic-alliance-joins-direct-to-open-from-the-mit-press
“Open-Access Monographs: New Tools, More Access”. EDUCAUSE REVIEW. 2019-05-20.
https://er.educause.edu/articles/2019/5/open-access-monographs-new-tools-more-access
Gerakopoulou, Elli; Penier, Izabella; Deville, Joe. The Promise of Collaboration: Collective Funding Models and the Integration of Open Access Books into Libraries (1.1). Zenodo. 2021.
https://doi.org/10.5281/zenodo.4756894
“人社系海外出版書籍のオープンアクセス(OA)化事業”. 京都大学学術研究支援室.
https://www.kura.kyoto-u.ac.jp/support/shoseki/oa/
“海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(1)”.京都大学からはじめる研究者の歩きかた. 2022-03-29.
https://ecr.research.kyoto-u.ac.jp/cat-c/c2/1617/
“海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(2)”.京都大学からはじめる研究者の歩きかた. 2022-03-25.
https://ecr.research.kyoto-u.ac.jp/cat-c/c2/1556/
“海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(3)”.京都大学からはじめる研究者の歩きかた. 2022-03-29.
https://ecr.research.kyoto-u.ac.jp/cat-c/c2/1622/
“海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(4)”.京都大学からはじめる研究者の歩きかた. 2022-03-28.
https://ecr.research.kyoto-u.ac.jp/cat-c/c2/1586/
曽木颯太朗. 図書館の共同出資による特別コレクションのOA化事業(米国). カレントアウェアネス-E. 2019, (374), E2166.
https://current.ndl.go.jp/e2166
天野絵里子. 欧州における単行書のオープンアクセス. カレントアウェアネス. 2017, (333), CA1907, p. 12-16.
https://doi.org/10.11501/10955543