E2509 – 2021年度第2回関西館ライブラリーカフェ<報告>

カレントアウェアネス-E

No.437 2022.06.23

 

 E2509

2021年度第2回関西館ライブラリーカフェ<報告>

関西館文献提供課・工藤哲朗(くどうてつろう)

 

●「関西館ライブラリーカフェ」とは

  国立国会図書館(NDL)関西館では,2020年度から「関西館ライブラリーカフェ」を開催している。コンセプトは「次に開く一冊に出会う」で,専門家による話題提供に,専門家と参加者を交えた懇談,関西館で利用できる関連資料の展示・紹介を加えた催しである。これは科学技術分野で行われている「サイエンスカフェ」にならったもので,「その場で聞いて『なるほど』と思って終わり」ではなく,懇談と資料紹介を通じて,参加者に更なる情報探索・知的思考へと進んでもらうことを主な目的としている。

  以下では,2022年3月16日にオンラインで開催した関西館ライブラリーカフェ「独学を考える―南方熊楠の方法から」について紹介する。

●企画意図

  博物学や民俗学等の分野において近代日本の先駆者的存在だった南方熊楠(1867-1941)に注目したのは,関西館が熊楠の著作や熊楠をテーマとした本を豊富に所蔵していること,2021年6月に没後80年に合わせて行ったミニ展示「南方熊楠」にTwitter等で多くの反応があったこと,さらに熊楠自身が図書館のヘビーユーザーで,図書館と親和性が高い人物だったことが主な理由である。

  また,既に数年前から,大学などの研究機関に所属せず調査研究を行う「在野研究」が,関連書籍の出版などで徐々に注目を集め,昨今はビジネス的な観点なども取り込む形で「独学」が脚光を浴びている。熊楠はかねてより「在野研究者」としても著名で,図書館の活用を含む「独学」の技法がその活動を支えていたと考え,今回は「熊楠」に「独学」という切り口を加えた。

●開催当日の様子

  当日は前半を「話題提供の部」,後半を「情報交換の部」とする2部構成を採り,前半では「南方熊楠の独学の世界―図書館、キノコ、夢」と題して志村真幸氏(南方熊楠顕彰会理事)が講演を行った。

  講演では,まず熊楠が大学予備門在学中から足繁く「上野の図書館」に通い,英国滞在中の1895年から1898年は,当時多くのアマチュアの知識人が集っていた大英博物館図書室(現・英国図書館)に日参していたことが紹介された。熊楠は既読の文献の参照文献をたどるなどの方法で様々な文献を読み込み,その内容をノートに書き写して膨大な抜書を作成したという。

  続けて,話は熊楠の研究対象に移る。まず「キノコ」について,熊楠が研究し始めた1900年頃,日本のキノコの研究は未開拓の分野だった。しかも,採集したキノコは時間の経過とともに変質しやすく,標本作成が難しい。そこで,熊楠はキノコをスケッチし,描いて残す技法を独学で習得した。これにより,発見したキノコの色合いや形状を正確に記録できるようになったばかりでなく,自ら「描く」ことにより一つ一つのキノコを記憶に強く残す効果も生まれ,同じキノコを再度発見した際のデータの蓄積も容易になった。熊楠の描いたキノコの図譜は,現存するだけで約5,250点に上るという。

  一方の「夢」もまた,客観的・正確な記録の困難さもあって当時は科学的な研究方法が未確立で,独学で研究するほかなかった。熊楠は自らの精神的不安などを動機にこのテーマに取り組んだとみられ,キノコの場合と同様に独自の方法(夢を見た時の体勢を維持して目を閉じる)で自らの夢の内容を回想・記憶し,日記に詳細に記録しながら探究を進めたことが紹介された。

  以上のように,熊楠の独学による学問では,読書などとともに「書く(描く)」ことが重要な位置を占め,日々作成された抜書・図譜・日記などの記録は論文投稿の際などに参照・活用された。ただし,記録の多くは当初から発表を意図したものではなかった。これは,熊楠の独学がルーティンワークに近く,明確な目的を持ったものではなかったことを示している。志村氏はこの点につき,「書く(描く)」ことで記憶し,記憶の中に自分だけの「図書館」を築くことが熊楠の究極的な目的だったのではないかとの見方を示した。

  後半の懇談では,大英博物館図書室での熊楠の具体的な情報探索行動や,熊楠研究の現況が話題となり,熊楠が様々な本を行き来するようにして読み,ノートも複数冊使いながら抜書を作成していたことや,熊楠の抜書の解読は現在も続けられており,熊楠の読書経験や関心の対象が明らかになりつつあることなどに志村氏が言及した。また,参加者からは,熊楠同様に大英博物館図書室に通った孫文に,同館東洋部長・ダグラス(Robert Kennaway Douglas)の仲介で熊楠が初めて出会ったのがちょうど125年前の3月16日(今回催しの開催日)だったとの指摘も出た。最後に,今回の催しに連動して関西館総合閲覧室で行った展示から,当館職員が関連資料数点を紹介した(終了後,参加者には展示資料リストを送付)。

●開催を終えて

  開催後,参加者へのアンケートでは,今後読みたい本として熊楠や独学に関する資料が挙げられ,催しの目的はある程度達成されたと思われる。また,志村氏からは「『熊楠と図書館』というテーマを引き続き探究したい」旨のコメントがあり,専門家の側にも一定の知見を提供できたと考えられる。

  しかし一方で,参加者と志村氏の双方から,「情報交換の部」はもう少し活発なものにできたのではとの指摘もあった。主催側としても,オンラインでは各参加者の様子が把握し辛く,発言を促しにくかった点は痛感しており,今後は事前アンケートによる参加者の関心の把握など,対話促進の方策を考えたい。また,今回は参加者数を約30人に設定したが,オンラインでの懇談に適した開催規模もまだ模索の段階にある。本催しが専門家を含む参加者間の交流と,各参加者の「次に開く一冊」へとつながるよう,今後も工夫を重ねていきたい。

Ref:
“令和3年度第2回関西館ライブラリーカフェ「独学を考える―南方熊楠の方法から」”. NDL.
https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/librarycafe_20220316.html
南方熊楠~ミニ展示資料リスト~. NDL, 2021, 4p.
https://rnavi.ndl.go.jp/kansai-kan/tmp/202106_kumagusu2.pdf
“@NDLJP”. Twitter. 2021-06-25.
https://twitter.com/NDLJP/status/1408257978386448387
荒木優太. これからのエリック・ホッファーのために : 在野研究者の生と心得. 東京書籍, 2016, 254p.
荒木優太. 在野研究ビギナーズ : 勝手にはじめる研究生活. 明石書店, 2019, 286p.
読書猿. 独学大全 = Self-study ENCYCLOPEDIA : 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法. ダイヤモンド社, 2020, 752, 34p.
志村真幸. 独習者、南方熊楠の驚異の記憶力. kotoba, 2022, (46), p. 44-49.
松居竜五, 田村義也編. 南方熊楠大事典. 勉誠出版, 2012, 677, 69, 40p.