カレントアウェアネス-E
No.436 2022.06.09
E2501
米国における研究情報管理に関するOCLCの報告書
関西館図書館協力課・西田朋子(にしだともこ)
米国の大学では,研究情報管理(RIM)への投資が急速に拡大しており,RIMシステムの導入も進んでいる。しかし,国家的な研究評価事業に基づいて各機関が研究成果の収集と報告を行っている国々(E1745参照)と異なり,米国のRIMは,機関ごとに様々な目的で異なる関係者が取り組んでいるため作業の重複が頻発している。
このような経緯から,2021年11月付けで,OCLC Researchが,米国のRIMに関する報告書“Research Information Management in the United States”を公開した。5機関(ペンシルベニア州立大学,テキサスA&M大学,バージニア工科大学,カリフォルニア大学ロサンゼルス校,マイアミ大学)を対象に,図書館・研究管理・情報通信技術・教務等のRIM関係者に対して,インタビューを行い,RIMの実践について整理し,機関の意思決定者に向けた推奨事項を示している。
報告書は,“Findings and Recommendations”と“Case Studies”の2つのパートで構成されている。前者では,RIMシステムを「機関の研究活動に関するデータを透明性のある形で集約,キュレーション,利用することをサポートするもの」と定義した上で,その使用例,機能的・技術的要素,推奨事項がまとめられている。後者では,各機関の事例について,図書館等,各ステークホルダーの役割もまとめて紹介されている。本稿では前者の“Findings and Recommendations”について概要を紹介したい。
●RIMシステムの使用例とメタデータの特徴
使用例を以下の6つに整理し,それぞれのメタデータの特徴についてまとめている。
- 教員活動報告
機関内における人事評価に用いられる。必要な情報だけを収集する場合が多く,出版物の書誌事項についてもごく限られた項目のみが利用される。共著論文については,著者単位でデータが作成されるため,論文単位で再利用すると同じ論文に関するデータの重複が発生することに注意が必要である。
- 外部向けウェブサイト
外部向けに機関の実績を報告・宣伝するために運用する。ショーケース的に代表的な研究を宣伝したい場合,研究者個人だけでなく,研究を行う組織・部署の記述を豊富にすると良い。研究の発見性を高めることを目的とする場合,研究内容に関するテキストの充実が重要であり,主題キーワード等のメタデータを充実させている機関もあった。
- メタデータの再利用
異なる目的・システムで同じデータ項目を利用する場合,データの重複を避けるために両システムで同じ識別子を利用することや,よりデータの揃ったシステムの方から他のシステムの方へ共有することが望ましい。
- 戦略的レポートと意思決定のサポート
戦略的レポートを作成して意思決定に資するためには,データ分析等追加の処理が必要で,他の用途での利用に比べ,データの粒度の細かさ,非重複性,完全性,透明性が求められる。例えば,研究者や学術ユニット(部署)のネットワークを可視化するためには著者識別子や所属に関する情報等が,出版実績の時系列変化分析のためには出版年情報が必要である。
- オープンアクセス(OA)のワークフロー
コンテンツが既に機関リポジトリに登録されているか,あるいは他の場所で公開されているかを確認するためには,詳細なメタデータが必要で,DOIや著者情報が不可欠である。コンテンツに適用される出版社のOAポリシーを確認するためにISSNや出版年も有用である。
- コンプライアンス監視
出版物のメタデータに,助成金情報と,寄託先リポジトリ情報が含まれている必要がある。
●RIMシステムの機能的・技術的要素
RIMのプロセスについて,上述6例の「データ使用」と,その前段階として,データを収集する「データソース」の過程,収集したデータの編集を行う「データ処理」の過程があると整理している。各プロセスについて,具体的な作業内容と対応するデータの状態を説明しており,例えば,「データソース」については,出版物に関する情報は外部DBからの取得が容易である一方,職位や組織階層といった機関内のローカルな情報は整理されていないといったことが説明されている。
●提言
各機関の意思決定者に向けて,以下のような提言を行っている。
データの管理については,永続的識別子(PID)の採用を推奨している。また,RIMシステムへのデータ投入のための調整や,データの質の確保が必要であり,そのために専任職員が必要だとしている。また,データの質の確保については,メタデータの専門知識をもつ図書館員にRIMシステムのデータキュレーションを任せることを推奨している。
組織的な投資については,データキュレーションへ投資すること,部署横断的な連携をサポートすること,学務・財務・人事情報と同様にデータガバナンスの取り組みに研究情報を含めること,等を推奨している。
以上,報告書の“Findings and Recommendations”の内容を紹介した。大学におけるRIMの使用例について俯瞰的に知ることができるため,図書館の位置づけを考える上で参考になる報告書である。また,データ要件・プロセス等についての具体的な記載もあるため,実務者にとっても参考になるのではないかと思われる。今回紹介を割愛した“Case Studies”のパートも是非参照されたい。
Ref:
Bryant, R.; Fransen, J.; Castro, P.; Helmstutle, B.; Scherer, D. Research Information Management in the United States: Part 1—Findings and Recommendations. OCLC Research, 2021, 34p.
https://doi.org/10.25333/8hgy-s428
Bryant, R.; Fransen, J.; Castro, P.; Helmstutle, B.; Scherer, D. Research Information Management in the United States: Part 2—Case Studies. OCLC Research, 2021, 82p.
https://doi.org/10.25333/qv1f-9e57
武井千寿子. 研究評価における評価指標の役割:HEFCEの報告書より. カレントアウェアネス-E. 2015, (294), E1745.
https://current.ndl.go.jp/e1745
小村愛美. 研究支援における社会的相互運用性に関するOCLCの報告書. カレントアウェアネス-E. 2020, (403), E2329.
https://current.ndl.go.jp/e2329