カレントアウェアネス-E
No.397 2020.09.03
E2294
フロッピーディスク保存の新デバイス「ポリーヌ」について
ゲーム保存協会・ルドン・ジョゼフ
1970年代に登場したフロッピーディスク(FD)は,初期の8インチ,5.25インチそして21世紀まで活躍した3.5インチまで,デジタルデータの保存メディアとして広く使われてきた。だがこれらFDは,カセットテープなどと同じ磁気媒体で,経年劣化により近い将来データの読み込みが完全に不可能となる。筆者が理事長を務める特定非営利活動法人ゲーム保存協会は,日本のPCゲーム作品を歴史的文化資料として収集し,長期的にアーカイブする日本唯一の機関だが,1980年代の資料の多くはFDに記録されており,データのマイグレーションが喫緊の課題であった。
筆者は1990年代からFDの劣化を問題視し,その解決策を検討してきたが,海外の技術者が集まるSoftware Preservation Societyに協力し,2009年に最初のFD保存のデバイスであるクリオフラックス(KryoFlux:以下「KF」)を完成させた。このKFは各国のアーカイブ機関で現在も,ゲームに限らず著名作家の初稿が保存されたFDや,各種貴重な情報が収められたFD資料群保存の決定打として利用されている。
それまで一般的だった,PC側が受け取ったFD由来のデータを保存する方法と異なり,KFではFDドライブがFDから読み取る磁気データを,PC側の処理を通さずそのまま抜き取ることができる。そのため,コピープロテクトのかかったゲーム作品などは,そのプロテクトの情報もすべて正確にマイグレーション可能となる,まさに夢のデバイスであった。だが,当協会が扱う日本のPCゲーム作品には,デュプリケーションの方法が海外のソフトとは異なるためKFでは正規の製品版とユーザーらによる勝手なコピーとの差が見抜けないなどの特殊なケースも多く,同様にゲームなどの資料をアーカイブする海外機関との話し合いでも,FD保存デバイスのさらなるアップグレードが求められるようになっていた。
本稿で紹介するポリーヌ(Pauline)は,当協会がKFの登場直後から動き出し、2016年ごろからフランスのビデオゲーム保存に取り組む団体ラ・リュドテーク・フランセーズ(La Ludothèque française)と協働し製作した新デバイスで,従来のKFでは対応できなかった様々な課題を解決した。アーカイブ機関や研究所などでFDデータの保存を行う際に求められる高いクオリティを実現しながら,特別なライセンス契約がなくても使用できるようオープンソース下で開発されており,デバイス自体の製作も安価なFPGA(プログラム可能な集積回路)の登場によって少額に抑えられる。デジタルアーキビストやまだFDを現役利用している企業向けの完全なプロ仕様であるため,一般のユーザーであれば従来のKFで十分FD保存に関するニーズを満たし扱いやすいが,さらに一歩踏み込んだ専門的なデータのマイグレーションを行うのであればポリーヌを使うべきだろう。
ポリーヌの特徴は大きく三点あり,一つはハード面である。KFよりも可変性が高く様々なニーズに対応できるパワフルなハードは,追加のカスタマイズを加えやすい余裕のある設計で,対象資料や保存の内容に合わせて機能の追加がしやすい。例えば当協会では現在,データ保存と同時にFDの回転速度も計測し記録するための拡張機能の開発を進めている。また,測定可能な周波数に余裕があるため,すでに劣化が進み磁気に弱い部分があったり一部壊れたFDでも,デジタル修復を施しながら保存作業を進めることができる利点もある。
二つ目はソフトである。ポリーヌはスキャナーのようなもので,FDから出る磁気データを受け取るが,それを可視化し分析・解析を行うにはソフトが必要である。ポリーヌにはリュド(Ludo)と呼ばれる専用のソフトがあり,これによりデジタルアーキビストが自分の目で作業中のデータを確認することが可能となる。また,ポリーヌにはネットワーク機能が付いており,ドライバーをインストールしなくてもどの端末からでも操作が可能である。受け取ったデータをすぐにパソコン画面で画像として目視できることは大きな強みである。
そして三つ目が,オープンソースでの公開である。ポリーヌはリュドと合わせて完全なオープンソースとして公開した。デバイスの製作は回路図などが公開されているので誰でも自由に作ることができる。カスタマイズや機能の追加も各自が好きなように開発を行え,その情報を共有することで各国のアーキビストがお互いに保存作業を助け合うことも可能となる。特にゲーム資料など,歴史的文化資料として保存を開始したのが最近で,ノウハウが確立されていないものの保存では,自由な建付けで知識や技術さえあれば誰でも参加でき,助け合えることが重要だ。ライセンス契約等の必要がないので企業やinstitutions(国立国会図書館など)が安心して使える。
現在,当協会では日本にしか存在しなかった日本独自のPC用ゲームソフトを中心に,順次アーカイブ室に収蔵しているFD資料のマイグレーションを進めるべく,ポリーヌの本格的導入の準備をしている。同じ技術はゲーム以外のFD資料にも当然,使うことができる。手持ちの文化資料や貴重なデータの保存で相談があれば,ぜひ一度連絡をしてほしい。
Ref:
“フロッピー保存の新時代がはじまります!”. ゲーム保存協会. 2020-05-15.
https://www.gamepres.org/2020/05/15/pauline-tanjo/
“HxC Floppy Drive Emulator”. SOURCEFORGE.
https://sourceforge.net/projects/hxcfloppyemu/
Software Preservation Society.
http://www.softpres.org/
KryoFlux.
https://www.kryoflux.com/
La Ludothèque Française.
https://www.laludotheque.fr/