E2279 – オーストラリアの公共図書館は電子書籍をどう選んでいるか

カレントアウェアネス-E

No.394 2020.07.09

 

 E2279

オーストラリアの公共図書館は電子書籍をどう選んでいるか

関西館図書館協力課・小篠景子(おざさけいこ)

 

   2020年3月,オーストラリア・メルボルン大学の准教授ギブリン(Rebecca Giblin)氏らにより,調査報告書“Driven By Demand: Public Library Perspectives on the Elending Market”が公開された。本稿では,この報告書の内容を紹介する。

●調査の概要

   本報告書の元となった調査は,公共図書館(以下「図書館」)における電子書籍貸出の法的・社会的力学や,貸出に関する規制が図書館の使命に及ぼす影響を調べるeLending Projectの一環として行われた。調査目的は,オーストラリアの図書館がどのように電子書籍のアクセス権購入を決定しているか,また出版者による価格やライセンス条項の設定が電子書籍の選定にどのような影響を与えているかを知ることである。調査は,2018年12月,オーストラリア全域の図書館を対象に,オンラインツールによるアンケートの手法で行われ,126件の回答を得た。

●需要に振り回される図書館

   図書館の電子書籍貸出にかかる費用は,市場においては小規模ながら急激に伸びており,本調査で判明した年間費用は総額1,100オーストラリアドルを超える。

   アクセス権購入に際し,最も考慮される要素は貸出需要である。高価格なタイトルや不利なライセンス条項を持つタイトルでも,需要さえあれば購入される。プラットフォームにより提供タイトルが異なることから,必要なタイトルを揃えるため複数のプラットフォームを契約する図書館が多く,特に小規模館では維持費用が重い負担となっている。図書館はそうした現状に不満を抱く一方,最低価格を追求する有効な戦略を持つことができずにいる。

   また需要重視の姿勢は,有益なタイトルであっても,需要が不明な場合は契約しないという結果につながる。図書館や読者のみならず,著者や出版者にとっても販売機会を逃す不利益が生じることとなる。

●ライセンス条項による制限

   次いで重視されるのは,ライセンス条項である。図書館にとっては,複数の条件や価格から最適なものを選べることが望ましいが,そうした豊富な選択肢が用意されていることは少ない(CA1978参照)。図書館からの要望が高いのは,利用者に貸出された場合だけ料金が発生する都度課金型ライセンスである。人気タイトルについては即時に需要を満たし,需要の不明なタイトルについては金銭的リスクなしに維持できるためである。反面,一部の人気タイトルのために予算が使われてしまい,蔵書に偏りを生む恐れもある。

●図書館の使命に関わる課題

   一方,より広い図書館の使命という観点からは,さらに3つの課題が指摘される。

   1点目は,ライセンス条項と料金モデルが,図書館のキュレーションに対してもたらす悪影響である。需要偏重と予算の制限から,古い本や外国の著作等,需要は少ないものの重要なタイトルが後回しにされる懸念がある。

   2点目は,多言語化への対応である。本来,電子書籍を活用すれば,幅広い言語の資料を提供できる可能性がある。しかし実際に非英語言語のタイトルを提供する図書館は少なく,利用も伸びていない。利用の少なさと選定の困難さが悪循環を起こしている。

   3点目は,情報格差への対応である。電子書籍の閲覧に適したデバイスやインターネット環境を持たない人は,利用から排除されやすい。特に,デジタル環境の整備が遅れている地方や遠隔地への図書館サービスにおいては,より顕著な問題である。

●需要主導の市場における問題

   図書館は,政策や組織としての責務といった非商業的要素を考慮して電子書籍の購入タイトルを決めなければならない。このため,商業的市場において図書館が社会的使命を果たすことが難しくなっている(CA1979参照)。

   図書館は需要に応えて,なるべく多くの電子書籍を,なるべく広く届けようとする。そのために複数の電子書籍プラットフォームを契約してそれぞれの仕様に精通する一方,個別の利用者に対して技術的サポートを提供するという,金銭と労力両面の義務を負うことになる。しかし,商業的プロバイダになしえない,こうした役割を果たすことにより,図書館は電子書籍市場の拡大に貢献している。

   多様で価値ある資料へのアクセスを維持するキュレーションも重要な非商業的要素であるが,こちらは妥協を迫られている。大手出版社では期間限定のライセンスが主流となりつつあり,図書館が重要な電子書籍へのアクセスを維持したければ,借りられていなくても費用をかけて契約を更新し続けなければならない(CA1978参照)。

   環境的見地から,紙より電子での提供を好む意見もある。環境保護や持続可能性への社会的関心が高まる中,図書館の役割は大きなものとなっている。

●結論

   オーストラリアの図書館における電子書籍のアクセス権購入判断は,需要に著しく左右されている。ライセンス条項や料金設定のため,相対的に需要の少ないコンテンツは提供されにくくなる。このことが,文化的に重要な資源へのアクセス確保,非英語話者や情報格差にさらされる人々への奉仕など,図書館の果たすべき他の役割に影響を及ぼすのである。

   著者は,現在の電子書籍市場のありかたが図書館側に複数の電子書籍プラットフォームや貸出実績のないタイトルの契約といった非効率性を強いており,本来別の資料購入に充てられたはずの資金を消費していると指摘する。その上で,図書館のみならず,読者,著者,出版社などすべての利益にかなうべく,電子書籍の流通システムを改善する方法がある可能性を述べて結んでいる。

Ref:
Kennedy Jenny, Weatherall Kimberlee, Giblin Rebecca, Thomas Julian. Driven by Demand: Public library perspectives on the elending market. Royal Melbourne Institute of Technology, 2020, 26p.
http://elendingproject.org/report.pdf
@ALIANational. Facebook. 2020-03-05.
https://www.facebook.com/ALIANational/posts/the-report-driven-by-demand-public-library-perspectives-on-the-elending-market-w/10157174245248763/
eLending Project.
http://elendingproject.org/
井上靖代. 米国での電子書籍貸出をめぐる議論. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1978, p. 16-20.
https://doi.org/10.11501/11509688
ワイト, ベンジャミン. 欧州の図書館と電子書籍-従来の公共図書館よ、安らかに眠れ?. 井上靖代訳. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1979, p. 21-27.
https://doi.org/10.11501/11509689