E2262 – シンポジウム「社会に魅せる研究力」を測る<報告>

カレントアウェアネス-E

No.391 2020.05.28

 

 E2262

シンポジウム「社会に魅せる研究力」を測る<報告>

国立国語研究所・井上雄介(いのうえかつゆき)

 

   2020年2月13日に,国立国語研究所IRシンポジウム「社会に魅せる研究力を測る-論文では見えてこない社会に貢献する研究を評価する指標-」が国立国語研究所(東京都立川市)にて開催された。

   現在,大学や研究機関の研究評価指標は,論文や著書を中心とした学術界への貢献となるものが主に用いられている。指標の役割や注意点に関する全般的な議論(E1745参照)や,人文社会科学系に限った研究評価のありかたの議論(E2128参照)などでも,学術界への貢献となる成果の指標が中心である。しかしながら,社会課題の解決に資する研究や地域コミュニティーに溶け込んで行う研究など,必ずしも論文や著書の形とはならない研究成果の評価も重要である。このような背景のもと,論文などでは見えてこない社会に貢献する研究成果に基づいて測られる研究力を「社会に魅せる研究力」と呼び,それを測る指標について考えることを目的に,基調講演とパネルディスカッションが行われた。

   基調講演は,琉球大学の学際的研究チーム「水循環プロジェクト」のコアメンバーである高橋そよ准教授(琉球大学人文社会学部)から,「地域から未来を拓く-琉球大学水循環プロジェクトチームによるトランスディシプリナリー研究の可能性」と題し,水循環プロジェクトの沿革と社会課題解決型研究のプロセス・成果・今後の展望について報告された。

   水循環プロジェクトは,自然科学系の学内の学部連携を発端に,人文社会科学系の研究者やリサーチアドミニストレーター(URA)も加わり,水資源に関する地域課題の解決を目的として,島嶼地域の水循環の特性に応じた持続可能な水資源利用と環境ガバナンス構築を目指している。行政や地域コミュニティー,教育機関,NPO等とのトランスディシプリナリー研究へと展開を広げ,科学技術振興機構(JST)の科学技術コミュニケーション推進事業に引き続き,「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs)」に採択されるなど,県内外で注目をあびていることが紹介された。その後,実習用の琉球石灰岩を溶解させる実験を行うなど,具体的に活動内容を示すことで同プロジェクトの研究プロセスが報告された。多分野の研究者に加え,大人から子供までを含む地域の人々と共に研究を行う同プロジェクトは,「知る」という学術の探求が,研究者に特化したものではないことを示す試みであることが強調され,そのような知の循環が研究成果であることが示された。また,地域の人々と研究者とは,研究者が知識を伝えるという一方的な関係ではなく,研究者の気づかないことを教わるという相互学習の関係であることも指摘された。

   パネルディスカッションは,高橋准教授に加え,後藤真准教授(国立歴史民俗博物館),加藤聖文准教授(国文学研究資料館),木部暢子副所長(国立国語研究所)の4人で「研究機関の社会に魅せる研究力を測るための客観的な指標の策定は可能か,可能であれば,どうあるべきで,どのようなものか」のテーマで行われた。

   まず,研究が地域の人々に評価されることと,より広い社会全体に評価されることとは異なるということが指摘された。その上で,特に人間を対象とすることが多い人文社会科学系の研究は,地域の人々と共に作る「知」の形を考える必要があり,そのような研究のアウトプットは論文とは異なるとともに,研究のプロセス自体に知の循環が入るため,プロセス自体がアウトカムであることに注意して指標を考える必要があることが議論された。

   次に,研究成果の評価基準は,成果の羅列では不十分で,広く一般の人々を納得させうる指標が必要であることが議論された。その柱として,(1)影響力を考慮したメディアによる発信,(2)政策立案から決定,実施までを含めた公共政策への関与の2点の数値化などの提案がなされたが,単に影響力が大きければ良いというものではなく,研究の目的に応じた数値化が必要であることが指摘された。

   最後に,現状の問題点として,研究評価の根本を間違えていることが議論された。特に,(1)研究評価は自己点検が基本で,自己点検がきちんとできているかを評価するのが評価者の役割であるにもかかわらず,自己点検がなおざりにされていること,(2)アウトプットやアウトカムが,研究で想定された地域を超えて社会全体に広く役立つか,そこに税金を研究資金としてつぎ込んでも国民に理解されるかが評価の大きな要素になっていることが指摘された。

   本シンポジウムでは,技術的には指標の作成は可能であるが,現実問題としては,質を含めた指標は労力や時間的に難しいとされた。現状の評価では不十分であることを発信しつつ,面倒でも自己点検を基本としたピアレビューを行うこと,評価尺度の評価が重要であること,そして,これらを含めた評価を引き続き考えてゆくことの必要性が示された。

Ref:
“国立国語研究所IRシンポジウム「社会に魅せる研究力を測る-論文では見えてこない社会に貢献する研究を評価する指標-」”. 国立国語研究所.
https://www.ninjal.ac.jp/event/specialists/s-others/20200121_sympo/
水環境プロジェクト. 琉球大学.
http://mizunowa.sci.u-ryukyu.ac.jp/
武井千寿子. 研究評価における評価指標の役割:HEFCEの報告書より. カレントアウェアネス-E. 2015, (294), E1745.
https://current.ndl.go.jp/e1745
森本行人. シンポジウム「人文社会系分野における研究評価」<報告>. カレントアウェアネス-E. 2019, (367), E2128.
https://current.ndl.go.jp/e2128