E2200 – 組織内でデジタル保存の重要性を説明するためのガイド

カレントアウェアネス-E

No.380 2019.11.21

 

 E2200

組織内でデジタル保存の重要性を説明するためのガイド

関西館図書館協力課・木下雅弘(きのしたまさひろ)

 

 2019年5月,ユネスコは,英・電子情報保存連合(DPC)と共同で作成したオンラインのガイド“Executive Guide on Digital Preservation”(以下「本ガイド」)を公開した。組織の意思決定者に対し,デジタル保存の重要性を分かりやすく示すための各種情報を提供するものである。デジタル保存に関しては,マイグレーション・エミュレーションのような技術的課題に注目が集まりがちだが,担当人員や予算の不足,コンテンツ管理体制の不備といった組織的課題もまた,デジタル保存の大きな障害となる。本ガイドは後者の課題に焦点を当て,意思決定者からの理解・支援の獲得を最終的な目的としている。以下,その概要を紹介する。

 本ガイドは,ユネスコの事業「世界の記憶」の一部として進められている電子情報保存プロジェクト“PERSIST”が作成に携わり,その専門知識とDPCのリソース,ユネスコとその加盟国のニーズを組み合わせて作成されたものである。2015年11月に,第38回ユネスコ総会で採択された「デジタル形式を含む記録遺産の保護及びアクセスに関する勧告」の各国における導入を支援するものとして位置づけられている。構成は主に「組織の種類」「組織にとっての動機」「デジタル保存とは何か」「デジタル資料を保存しないリスク」「デジタル資料の保存がもたらすチャンス」「デジタル保存には何が必要か」「事実と数字」の7つの章からなり,最後に,デジタル保存とは何かを説明するためのスライドと,意思決定者にデジタル保存の強化を訴えるための上申書のテンプレートが付属している。これらのテンプレートは各章の内容と対応しており,各章に盛り込まれた情報を利用し,自らの組織にあわせてカスタマイズできるようになっている。

 本ガイドでは,対象とする組織を「全ての組織」「アーカイブ」「企業」「高等教育及び研究」「図書館」「博物館・美術館」の6類型に,組織にとってデジタル保存に取り組むべき動機を「説明責任」「信頼性」「事業継続性」「コンプライアンス」「組織又は文化の記憶」「費用」「研究への活用」「評判」「収益」「セキュリティ」「技術」の11類型に区分している。組織や動機,リスクやチャンスといった各要素は相互に関連付けられており,「組織の種類」から「デジタル資料の保存がもたらすチャンス」までの章では,各章の主題を切り口として,関わりのある要素を参照できるようになっている。例えば「組織の種類」の章では,組織類型を一つ選ぶことができ,その組織に紐づけられたリスク,チャンス,動機等の情報だけを表形式で一覧できる。

 本ガイドの特徴としては,様々な角度から意思決定者にアピールできるよう工夫が凝らされていることが挙げられる。保存に取り組むべき動機の網羅性,保存しなかった場合のリスクだけでなく保存により生じるチャンスまで示していること,そして,組織類型にあわせたリスク・チャンスの書き分けはその例である。例えば,「法的文書,組織の歴史,意思決定の先例にアクセスできなくなる」というリスクは「高等教育及び研究」のものとされ,「利害関係者が記録にアクセスしやすくなり,透明性の向上を示すことができる」というチャンスは「企業」と関連付けられている。ただ,特定の組織に紐づけられたリスク・チャンスには他の組織にも当てはまるものも多く,書き分けはあくまで参考として捉えるべきものであろう。

 「デジタル保存には何が必要か」の章では,「支援的政策と規制環境」「組織インフラ」「技術インフラ」「リソース」の4点を挙げるとともに,その具体例を示している。例えば「支援的政策と規制環境」では,政策立案者等が,デジタル保存の重要性を理解し,不作為がもたらす悪影響を把握する必要があること,立法面での必要な支援を行うべきことを挙げる。「事実と数字」の章では,これまで実際に起きたデジタル保存の失敗例等が参考情報として示されている。

 国内の話になるが,デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会は,2017年4月に報告書「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」を公表した。「第4章 残された論点」では,過去には保存が行われず消えてしまったデジタルアーカイブも多いこと,長期利用・永続的アクセスを意識した取組についても検討が必要であることを述べている。近年,デジタルアーカイブの構築・活用に関する議論が広がりを見せる一方で,デジタル保存が論点となる機会は未だ少ないように思われる。本稿で紹介したような海外の動向も視野に入れつつ,国内での検討がより一層深まってゆくことを期待したい。

Ref:
https://en.unesco.org/news/unesco-and-dpc-release-executive-guide-digital-preservation
https://dpconline.org/our-work/dpeg-home
http://www.mext.go.jp/unesco/009/1393877.htm
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/houkokusho.pdf