E2196 – 古代の甘味料「あまつら」の復元とその試食

カレントアウェアネス-E

No.380 2019.11.21

 

 E2196

古代の甘味料「あまつら」の復元とその試食

国文学研究資料館・入口敦志(いりぐちあつし)

 

 2019年8月3日,立命館大学衣笠キャンパス(京都市)で開催された立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)シンポジウム「超長期的視点から見た人口・環境・社会」の特別企画として,「古代の甘味「あまつら」の復元とその試食~清少納言も愛でたあまつらかき氷の再現」が行われた。その経緯と当日の催しについて報告する。

●経緯

 「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」(略称:歴史的典籍NW事業;E1754参照)は,人文社会科学分野初の文部科学省大規模学術フロンティア促進事業として採用された。2014年から10年の年月をかけ,国内外の歴史的典籍約30万点を画像データ化する基盤整備を行い,国際的な共同研究のネットワークを構築することを目的とする。更に,画像データを活用した異分野融合の研究を行っているが,神松幸弘(R-GIRO助教)が代表を務め,筆者も参加する「料理・調味料の復元と活用に関する研究」もその一つである。その共同研究の成果を記念し,本イベントが行われた。

●研究の概要

 本共同研究は,特に古代甘味料「あまつら(甘葛煎)」に焦点を絞って行った。筆者による古典籍の探索と,神松による実地に採集されたものの化学的成分分析に基づいて,古代の「あまつら」の具体像を探ろうとするものである。「あまつら」は平安時代には諸国から朝廷への献納品として『延喜式』にも記載されており,利用されていたが,中世以降砂糖の普及とともにその姿を消してしまった。従って江戸時代以降はその原料や製法はわからなくなっており,畔田翠山『古名録』のツタ原料説,藤原清香『甘葛考』の野生ブドウの果実説など,原料についてもいくつかの説が提唱されてきた。しかし,畔田のツタ原料説が一般に広まったため,ツタについては近代においても多くの分析や認証が行われてきたが,それ以外の候補植物については比較・分析されることはほとんどなかった。

 そこで本共同研究では,江戸時代の古典籍にあげられるツタなどの有力な原料植物候補4種とその近縁のツルアジサイなど5種に加え,メープルシロップなど樹液利用が知られるものを含めた13種を研究対象とし,採集効率・糖度(Brix値)を調べた。そのうち糖度の高いものについては,HPLC(高速液体クロマトグラフィー)による主要糖類の定量分析を行った。また,樹液を豊富に得られた種では,「あまつら」の復元も試みた。さらには,本共同研究において過去に樹液を採取した場所における原料植物の再生状況などの実地調査も行っている。樹液の糖分量,樹液の採集効率,持続可能性など一連の結果を総合的に判断し,「あまつら」は砂糖や片栗粉などと同様に食品の名称であり,単一の植物だけを原料とするものではなく,複数の原料によって生産されていた可能性が高いことを明らかにした。

●「あまつら」の復元と試食

 イベント当日は,神松によって原料の異なる2種類の「あまつら」が用意され,かき氷にかけて来場者に配布し,試食してもらった。これはイベントのサブタイトルのとおり,『枕草子』に記述されたかき氷を再現したものである。再現に当たって,収量の少ないものについては化学分析に基づいて成分等を付加し,分量を確保した。それぞれの味の違いは来場者にもはっきりわかるほどで,風味の違いは大変興味深い結果となった。

 かき氷を味わってもらいながら,イベントの趣旨説明と「古典籍と科学の出会い」(筆者)と「あまつらの再検討─文献と化学分析からわかったこと」(神松)の報告を行った。神松は上記研究の概要を,スライドを使いながらわかりやすく報告した。

 筆者の報告は,平安時代の古典籍にあらわれた記述から,「あまつら」がどのようなものとして位置づけられていたかを探ったものである。「あまつら」の記述には,その保管にも(『宇津保物語』「金の瓶(かめ)」),かき氷として食べるときにも(『枕草子』),芋粥として食べるときにも(『厨事類記』「銀の提(ささげ)と銀の匙(さじ)」),金属の食器がセットになって登場する。『枕草子』が「あてなるもの(高貴で上品なもの)」として「削り氷にあまつら入れて,あたらしき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述しているのは典型であろう。貴重な金属食器に貴重な氷,それに貴重な「あまつら」をかけるという当時最高の贅沢をあらわしていると考えられる。また,夏の暑い盛りに,あえて金属器にかき氷をいれることで,その冷たさを掌で感じ,金属器同士が当たって発する音をも愛でていたのである。まさに,五感を動員して楽しんでいたと言って良いだろう。

●今後の展開

 2019年度の冬に「あまつら」を使った芋粥の再現・試食のイベントを予定している。共同研究自体は2019年度末で終了するが,これまでの成果を受け,休耕田等を利活用するための原料植物の栽培,効率的な収量の確保,地域名産品への利用など,地域振興に寄与するような展開も計画している。

Ref:
https://www.nijl.ac.jp/news/2019/07/31.html
http://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=208
https://www.nijl.ac.jp/news/img/amatsura_press.pdf
http://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=1463
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