カレントアウェアネス-E
No.378 2019.10.24
E2187
IAML日本支部40周年記念シンポジウム<報告>
関西館電子図書館課・工藤哲朗(くどうてつろう)
2019年6月15日,愛知淑徳大学星が丘キャンパス(名古屋市)において,国際音楽資料情報協会(IAML)日本支部の第66回例会が開催された。筆者は同支部の個人会員としてこの例会に参加したので,IAMLの紹介と併せてその概略を報告する。
●IAMLとは
IAMLは,音楽資料の取り扱いに関する情報交換と所在目録作成事業などを目的として,1951年にユネスコ(UNESCO)の支援のもと発足した国際機関である。現在は年次大会の開催や,機関誌“Fontes Artis Musicae”の刊行,国際音楽学会等と連携した国際プロジェクト(国際音楽資料目録(RISM),国際音楽文献目録(RILM)等)の企画・運営等を行うほか,国際規格の開発にも関与している。
IAML日本支部は1979年に設立され,2019年5月末時点の会員数は,個人会員(図書館員,研究者等)が55,団体会員(音楽図書館等)が20を数える。2019年は支部設立から40年という節目の年にあたるため,今回の例会は「IAML日本支部40周年記念シンポジウム」と題し,パネリスト4人による講演と,フロアを交えたディスカッションが行われた。
●各パネリストによる講演
最初の松下鈞氏(元音楽図書館協議会(MLAJ)事務局長)は,「IAMLとMLAJの関係」と題し,自身がIAML日本支部とMLAJ(1971年設立)双方の設立・運営に携わった経験を踏まえつつ,1956年から1979年の支部設立に至る日本の音楽図書館界の動きを追った。松下氏によれば,日本とIAMLの接点は,1956年に日本人の音楽図書館員が個人としてIAMLに加入したことに始まる。MLAJは,1970年代には日本からのIAML年次大会参加者に毎年のように情報提供を行うようになり,海外からIAML本部役員が来日した際もMLAJ加盟館が対応した。そして1978年,リスボンでの年次大会でヘックマン(Harald Heckmann)氏(現IAML名誉会長)から日本支部設立の要請を受け,翌年7月に日本支部が設立された。IAML日本支部は,その正式な設立直前にMLAJと非公式に協議し,MLAJは団体会員(図書館等)主体の相互協力を,IAML日本支部は個人主体の情報交換や研究を各々の活動の中心に据えるという「棲み分け」を図り,現在に至っている。こうした歴史を振り返った後,松下氏は今後もIAML日本支部が組織と個人,図書館員と音楽研究者,国際組織と国内組織の間の連携を引き続き促進していくことへの期待を述べた。
続く荒川恒子氏(山梨大学名誉教授)は,自らが正・副支部長を務めた2002年から2016年を中心に日本支部の活動を振り返った。荒川氏が在任中に心がけたことは,まず本部との緊密な連携だった。具体的には,本部からの問い合わせに対する迅速な返答に始まり,年次大会で行う支部報告の内容の充実,年次大会初参加の支部会員への交通費補助といった施策をとった。加えて,支部主体の活動の活性化も図った。支部内外の興味を引く多様な例会テーマの設定,若手会員らの意見交換の場の設置,『Newsletter』の定期的発行等がその具体策である。最後に,荒川氏は自らの在任期間を,図書館を取り巻く技術的・社会的環境が支部設立以降で最も大きく変化した時期だったと回顧するとともに,今後の支部の課題として,他国との交流促進,日本の音楽図書館に関する情報の更なる公開・発信を挙げた。また,年次大会への参加に関し,欧米の会員の多くが所属機関から援助を受けているのに対し,日本は自費参加者がほとんどである現状に触れ,日本からの参加者への援助をさらに充実させる必要を示唆した。
三番目の林淑姫氏(元支部事務局長・元日本近代音楽館主任司書)は,ライブラリアンの責務は資料を過去から未来へと受け継ぎ,資料と利用者を結びつけることであるとまず述べた。そして,その中でミュージック・ライブラリアンにできることとして,演奏会のプログラムやちらし,ポスター等の特殊な資料(エフェメラ)の整理を挙げ,海外に比べて日本ではこうした資料に関する議論が遅れている現状を指摘した。また,MLAJの40年史編さんの過程で日本の音楽図書館の歴史を調査した経験から,各機関とも自機関に関する資料の整理が不十分である現状を明らかにし,こうした機関におけるアーカイヴの整備も,ミュージック・ライブラリアンが担いうる役割のはずだと述べた。そして,上記を含む様々な課題を世界各国の音楽図書館と共有・解決していくためにも,日本支部はまず国内の各機関が抱える課題を集約し,各課題への理解を深める必要があり,今後は団体会員の代表者が支部の会合へ出席することを促進する努力が必要だと訴えた。
最後の金澤正剛氏(元支部長・国際基督教大学名誉教授)は,「音楽学者にとってのIAML」と題して講演した。金澤氏からすると,図書館員の組織であるIAMLは,音楽研究者の組織とはかなり異質に見えるという。例えば,音楽研究の分野には国際音楽学会(IMS)という国際組織が存在し,各国にも学会等の組織が存在する。しかし,各国の組織はIMSの下部組織ではなく,各国組織の間にも必ずしも交流があるわけではない。さらに,個々人のレベルにおいても,研究者は交流よりは自らの研究上の利益を追求する意識が強いという。一方,IAMLは各国の支部が本部の下部組織として機能し,国際的な連携が図られている。加えて,個々の会員も,自らの実務的能力を高めるとともに,交流に積極的であると見る。金澤氏は,研究者にとってIAMLに参加することは,研究の幅を広げるチャンスになるという。なぜなら,IAMLでは図書館員を中心に様々な人々と交流でき,しかも個々の会員が所属機関の所蔵資料について有用な情報をもたらしてくれるからである。金澤氏も,実際にIAMLで培った人脈を通して研究に有用な資料を知ることもあったといい,IAMLが今後も音楽研究の重要な「助っ人」として発展することへ期待を寄せた。
●ディスカッション
ディスカッションでは様々な発言がなされたが,筆者が特に興味深く感じたのは,ある研究者による次のような発言を巡るやり取りだった。
すなわち,音楽史研究に必要な貴重資料は,日本では所蔵機関の部外者によるアクセスが難しい傾向にあり,特に日本伝統音楽の資料を所蔵する社寺等はこの傾向が強い。こうした現状に対し,音楽図書館員は資料を広く利用に供することの社会的意義を啓蒙し,資料と利用者の結びつきを促進する役割を担うべきではないか,というのがその発言の趣旨だった。
この発言に対し,パネリストからは,所蔵機関側が資料を所蔵すること自体に大きな意義を見出し,利用環境の整備への意識が薄い場合があること,あるいは,そうした資料を資産と捉え,価値を高く保つ目的で秘匿してしまうケースもあることなどが指摘された。また,音楽図書館員も文化庁委託業務への協力などを通してこうした現状を打開する努力は行ってきたものの,今後も声を上げ続けていくことが重要であるとの意見も出た。
●おわりに
本シンポジウムについては,IAML日本支部の『Newsletter』第66号が詳報している。加えて,IAML日本支部では40周年記念誌の編さんも予定されている。日本の音楽図書館の歴史を知る上で貴重な資料となることと思われ,早期の発刊が期待される。
Ref:
http://www.iaml.jp/
https://www.iaml.info/
https://mlaj.org/
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I029755376-00
http://www.iaml.jp/newsletter66.pdf