カレントアウェアネス-E
No.378 2019.10.24
E2186
情報メディア学会第18回研究大会<報告>
関東学院大学社会学部・千錫烈(せんすずれつ)
●はじめに
2019年6月29日に日本事務器株式会社(東京都渋谷区)にて,情報メディア学会第18回研究大会が開催され,基調講演,シンポジウム及びポスター発表が行われた。基調テーマは「ライフステージにおける健康医療情報」である。基調講演は元慶應義塾大学の田村俊作氏により行われた。シンポジウムでは「ヘルスリテラシーと健康医療情報」をテーマに市民の「ヘルスリテラシー」を高めるための方策や課題についてパネリストや会場参加者による活発な意見交換がなされた。本稿では,基調講演及びシンポジウムについて報告する。
●基調講演「ヘルスリテラシーと健康医療情報 ―公共図書館の健康医療情報提供サービスから考える―」
基調講演では,健康医療情報について「サービスの意義」「サービスの内容」「サービスを支えるしくみ」「最近の動向-新たなステージをめざして」「ヘルスリテラシーへの対応」の5つの視点から話があった。
最初に「サービスの意義」について,(1)健康はすべての人にとっての関心事である,(2)健康維持と病気への対処には日常生活上の配慮・家計・仕事・死・相続など医学的な知識以外も必要であり全分野を扱える公共図書館に向いている,(3)公共図書館の資源が市民にとっての医療・健康問題への適切な入口になり公共図書館の価値の再定義につながる,の3点を挙げて公共図書館での健康医療情報提供サービスの有用性を指摘した。
「サービスの内容」については,(1)棚づくりと展示,(2)情報探索の支援,(3)講演会,(4)相談会,(5)外部イベントへの図書館の出前,の5つを挙げて説明があった。例えば,棚づくりについては,市民からは信頼のおけない資料や特定の治療法に誘導する資料のニーズが強いが,信頼できる情報が掲載された資料が必要であるとの指摘があった。展示や見出しについても,関心が潜在化している利用者がたまたま棚を見たら気がつくというセレンディピティの仕掛けや工夫が必要であることが述べられ,埼玉県立久喜図書館「健康・医療情報コーナー」(E1808参照)や長崎市立図書館「がん情報コーナー」(E1656参照)などの事例の紹介がなされた。
「サービスを支えるしくみ」として,健康医療情報に関する(1)推進団体,(2)研修,(3)政策,(4)一般向けの本の出版,の4点の指摘がなされた。例えば,政策については図書館側の政策として「図書館の設置及び運営上の望ましい基準」を挙げ,地域の課題に対応したサービスとして健康・医療に関する資料及び情報の整備・提供が記載されていることに言及した。医療側の政策として都道府県の「がん対策推進計画」などを挙げ,事例として2018年に策定された「第3次和歌山県がん対策推進計画」では県立図書館で「がん」に関する情報の収集・提供も取り組むべき施策として記載されていることが紹介された。
「最近の動向-新たなステージをめざして」については,そのために必要な,(1)サービス対象の拡大,(2)支援体制の充実,(3)連携の必要性,(4)政策への位置づけ,の4点が挙げられた。健康医療情報サービスの対象者が高齢者・子ども・障害者と拡大していることや,病気や障害は誰もが経験する可能性があるという理解のもとに,特別なサービスではなく,今までのサービスを高齢者や障害者でも利用できるように適応させる形で展開されるべきであるとの指摘がなされた。
最後に「ヘルスリテラシーへの対応」として,ヘルスリテラシーの多面性や“readiness”(いざというときに対応できること)の重要性,健康なときにさまざまな気づきを与えてくれる公共図書館の重要性が取り上げられて締めくくられた。
●シンポジウム「ヘルスリテラシーと健康医療情報」
シンポジウムは,コーディネーターとして都留文科大学の日向良和氏,パネリストとして健康医療情報を扱う出版社から株式会社メディカ出版の粟本安津子氏,健康医療情報サービスを展開する公共図書館から川崎市立宮前図書館の舟田彰氏に,基調講演をした田村氏を加えて行われた。
最初に粟本氏から「子ども達に届ける健康医療情報」をテーマに,将来正しい選択ができるように,子どもに正しい知識・情報を伝えるヘルスリテラシー教育の重要性が言及された。次に舟田氏より「ライフステージにおける健康医療情報」をテーマに川崎市立図書館や川崎市で展開される健康医療情報サービスについての報告がなされた。「認知症の人にやさしい小さな本棚」を2015年に設置した経緯や,職員全員が認知症サポーター養成講座を受講するなどサービス向上の取組みの事例,地域包括支援センターとの連携について説明がなされた(E1818,E1985参照)。
報告に続くパネルディスカッションでは,市民のヘルスリテラシー向上には薬局や病院の待合室など図書館以外にもアプローチし,図書のあるコミュニケーションの場の形成も必要との意見も出された。参加者との質疑応答では,「選書基準の難しさ」「除籍基準の重要性」「科学的合理性に欠く図書の所蔵」「健康医療情報の図書が一般書ではなく専門書として流通する理由」などについて多くの質問が寄せられ,ヘルスリテラシーの重要性と課題を認識することができた。
なお,本研究大会については,『情報の科学と技術』69巻10号掲載の報告記事も参照されたい。
Ref:
http://www.jsims.jp/kenkyu-taikai/yokoku/18.html
https://www.lib.pref.saitama.jp/guide/health/hearth-index.html
https://lib.city.nagasaki.nagasaki.jp/reference/iryou/iryou.html#d00
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/041200/h_sippei/gannet/04/02_d/fil/gankeikaku3.pdf
https://doi.org/10.18919/jkg.69.10_483
E1808
E1656
E1818
E1985