カレントアウェアネス-E
No.344 2018.03.22
E2010
漢字文献情報処理研究会第20回大会<報告>
2018年1月20日,花園大学(京都市)で漢字文献情報処理研究会第20回大会が行われた。漢字文献情報処理研究会は,東洋学の研究・教育におけるICT活用の促進を目的とする研究組織である。本稿では,この大会で行われた特別セッション「デジタルデータの利活用と長期保存:大学図書館および人文・社会系研究者の役割」について報告する。本セッションでは,趣旨説明及び4つの報告の後,討論・質疑応答が行われた。
●「デジタルアーカイブの発信と受益の狭間―漢情研特別セッション趣旨説明」(東京大学大学院経済学研究科講師・小島浩之氏)
はじめに小島氏から,本セッションの趣旨説明がなされた。何をどのようにデジタル化して保存し,利活用するべきかを考えるためには,デジタルデータの製作者,利用者,そして管理・提供者の協力が不可欠であることが述べられた。
●「デジタルアーカイブの動向と研究者の関わり」(慶應義塾大学文学部准教授・安形麻理氏)
次に安形氏から,近年のデジタルアーカイブの動向と課題について報告がなされた。
2005年から2016年にかけて争われたGoogle Books裁判では,Googleによる著作権保護期間内の本のデジタル化はフェアユースの観点から適法であるとされたものの,その中には多くの孤児著作物が含まれているという。その総数は把握できていないが,4割から5割ほどという推計が多く,これらのデータの利用を円滑化することが今後の大きな課題であると述べられた。
また,グーテンベルク聖書の研究者としての観点から,研究利用が意識されていないデータがあることも課題として挙げられた。例えばトリミングにより端が確認できないものや,縮尺やカメラとの距離が一定でないために正確な比較ができないというものである。この問題は研究利用実態の分析により改善できるとし,国際図書館連盟(IFLA)の貴重書・写本分科会が2014年に策定したガイドライン(E1614参照)をとりあげ,研究者がデジタル化の資料選択や目的設定の段階から関わることが重要であると述べられた。
●「クラウドソーシングによるデジタル化資料(マニュスクリプト資料)の活用―Transcribe Benthamを事例として」(東京大学大学院経済学研究科特任助教・森脇優紀氏)
続いて森脇氏から,デジタル化された資料を翻刻するクラウドソーシングの例として,ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のベンサム・プロジェクトが運営するTranscribe Benthamの紹介がなされた。
これは,英国の哲学者・社会改革者であるジェレミー・ベンサムの手稿資料をクラウドソーシングにより翻刻しテキスト化するというものである。2010年9月に公開されたこのウェブサイトでは,経験を問わず誰でもアカウント作成して参加することができ,ウェブサイト内に学習用ツールも用意されている。難易度や主題,時代などから自分で資料を選ぶことができ,最近では授業での活用やワークショップの開催など,教育目的の活用が広がっているという。
●「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ―現在までの取り組み」(京都大学附属図書館研究開発室助教・西岡千文氏)
続いて西岡氏から,京都大学が2017年12月に正式公開した貴重資料デジタルアーカイブについて紹介がなされた。
IIIF(E1989参照)に準拠しているこのデジタルアーカイブでは,APIに画像配信用のImage APIとメタデータ配信用のPresentation API,ビューワにはUniversal ViewerとMiradorと,IIIFコミュニティで使用頻度の高いものを採用しており,データの共有・利活用が容易となっているとのことである。
また二次利用条件も大幅に緩和されている(E2004参照)。これにより,図書館がデジタルアーカイブを提供し,それを利用した研究者が研究過程で得られた翻刻・翻訳などの新たな情報を付与したり,その研究成果をリポジトリに登録することでデータの充実に貢献するというサイクルが生まれることが望ましいと述べられた。
●「「デジタル化」とメディアの「保存」―媒体変換における原資料の意味」(東京大学大学院経済学研究科助教・矢野正隆氏)
最後に矢野氏から,媒体変換による代替保存と,そこでの原資料の意義について報告がなされた。
媒体変換とは,あるコンテンツを保持するコンテナを入れ替えることであり,多くの媒体変換はコンテンツの実物を画像データとすることで行われている。また,このような代替保存のニーズには,その資料が貴重あるいはぜい弱な場合,代替なしでは入手困難な場合,複製を入手したい場合,資料へのアクセスを向上させたい場合などがある。しかし,どれほど精密に媒体変換を行っても,実物からしか得られない情報を移すことはできないため,この点でデジタル化後も原資料が残される意義があると述べられた。
今回のセッションでは,デジタルアーカイブの提供者と利用者の連携が強調され,そのための対策や取り組みが多く紹介された。多くの機関でデジタルアーカイブの「作成」から「利活用」へと目標が変化していることから,デジタルアーカイブの広がりとさらなる可能性を感じたセッションであった。なお,『漢字文献情報処理研究』第17号に,本セッションの予稿が掲載されている。
関西館図書館協力課・夏目雅之
Ref:
http://jaet.sakura.ne.jp/?大会・講演会%2F第二十回大会
http://www.ndl.go.jp/jp/preservation/pdf/ifla_guideline_jp_2017.pdf
http://blogs.ucl.ac.uk/transcribe-bentham/
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/
E1614
E1989
E2004