E2009 – 図書館への寄付と地域との新たな「絆」の構築:太宰府の事例

カレントアウェアネス-E

No.344 2018.03.22

 

 E2009

図書館への寄付と地域との新たな「絆」の構築:太宰府の事例

 

    太宰府天満宮には,古典籍等が収蔵された「御文庫」が存在する。その歴史は古く,300有余年前に遡る。菅原道真の大宰府西下に従った味酒安行の四十六世の直孫にあたり,太宰府天満宮の祠職を世襲する社家(しゃけ)出身の検校坊快鎮(けんぎょうぼうかいちん)という好学の僧侶によって開設が発起され,1676年(延宝四年)に創設されたものである。

●太宰府天満宮「御文庫」と寄進

    開設時に集積された蔵書については,延宝四年「天満宮御文庫書籍寄進帳」に明らかである。創設から1739年(元文四年)にかけての約60年間での,和漢諸種の書物,その多くを占めたと思われる貴重な写本類等などの寄進は,部数にして381部,冊数にしておよそ3,500冊に及んでいることがわかる。その蔵書の寄進者を見てみると,発起人の検校坊快鎮及びその一族のほか,貝原益軒・林信篤といった学者に加え,徳川光圀をはじめとした大名や,旗本や地元・福岡藩士といった武士階級,江戸・大坂・長崎の商人等から,好学的・信仰的な寄進があったことがうかがえる。

    太宰府天満宮「御文庫」は,検校坊快鎮が,自らの力で「御文庫(図書館)」を建設し,多くの人々の寄進(寄付)で書籍を収集した。収集された書籍は,貸出や写本の作成のほか,付属の教育施設である「学講」でも活用された。江戸時代に創設され,社会各層からの寄付・寄贈によって運営された「文庫」の例は,太宰府天満宮「御文庫」のみならず,林崎文庫・豊宮崎文庫(三重県)や羽田八幡宮文庫(愛知県)など,全国的に数多く認められる。

●寄付文化と地域貢献:資金調達と地域との「絆」

    ひるがえって,現代の公共図書館をみてみると,国や地方公共団体の財政状況は厳しく,近年,資料購入費をはじめ,一部のランニングコストをクラウドファンディングや雑誌スポンサー制度,ネーミングライツ等の外部資金の導入で充てようとする取組が試みられている。しかし以前は,「利用したい人」「見たい人」「学びたい人」が行く文化施設だった公共図書館も,21世紀になった頃より,地域の人々に存在感が認められ,常に情報を発信し,住民との絆や連携のとれた施設であるべきと,その役割や存在意義として求められるものが大きく変化したと思われる。一方で,住民は,公共図書館であれば,その全てが税金で賄われると考えているだろう。よって,住民や民間企業・団体から税金に加えて,寄付等による支援を得るためには,存在意義が認められるような活動を実施し,公共図書館への寄付が社会的利益に見合うことを明確化するなど,積極的な広報活動,情報発信の展開が必要となってくると思われる。

    太宰府天満宮では,1955年10月,「太宰府会」という当時の太宰府町の出身者で,福岡市をはじめ各都市で事業に成功した経済人の会が創設され,同会が戦後の太宰府天満宮への寄付の担い手の一つだったが,経営者の代替わりとともに衰微し,現在では活動が休止してしまっている。

●太宰府天満宮宝物殿の新たな試み

    そこで現在,「御文庫」の活動を引き継ぐ宝物殿においては,市民向けのミュージアムトークや,市民ボランティアガイドである「境内解説員」の育成を行なっている。このような活動を実施することで,存在意義や社会的利益を発信するとともに,地域との新しい絆を構築し,資金調達を旧来の財界への依頼から,個人へと拡大させることが目的である。

    公共図書館においても,寄付による外部資金の導入を成功させるためには地域との新しい絆の構築が必要であろう。そのためには,まずは公共図書館からの情報発信が求められているのではなかろうか。

太宰府天満宮文化研究所・味酒安則

Ref:
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024031967-00
飛梅. 太宰府天満宮社務所, 1994, (82).