カレントアウェアネス-E
No.268 2014.10.09
E1614
貴重書デジタル化プロジェクトの計画立案時に考慮すべき事項
図書館の所蔵資料のデジタル化は,原資料をより良い状態で保存することに資するとともに,これまで資料へのアクセスが容易ではなかった人からの利用をも可能にする。とりわけ貴重書や手稿などの文化財については,研究利用の観点からのデジタル化への期待が高いものと考えられる。この貴重書等のデジタル化に関し,国際図書館連盟(IFLA)が,2014年9月22日,ガイドライン“Guidelines for Planning the Digitization of Rare Book and Manuscript Collections”を公開した。技術面に焦点を充てた既存のガイドラインを踏まえつつ,計画立案のプロセスに焦点をあて,注意を払うべき重要事項を示したものである。
ガイドラインは,(1)プロジェクトの設計,(2)原資料の選定,(3)デジタルコレクションを作成するためのワークフロー,(4)メタデータ,(5)表示,(6)配信・利用促進・再利用,(7)評価,(8)デジタルコレクションの長期保存,(9)推奨事項の要約,の9つのセクションと,導入部分と参考文献からなる。
(1)プロジェクトの設計では,プロジェクトの開始にあたり考えておくべき基本的な問いを列挙している。具体的には,プロジェクトの目的と目標は何か?誰が,どのように使用するのか?資料に係る著作権上の課題はあるか?クラウドソーシング(E1321参照)による翻字などソーシャルネットワークを活用する想定はあるか?などの問いである。特徴的なのは,誰が計画立案にかかわるのか?という問いである。デジタル化のワークフローは図書館内の多くの部署に関係するものであり,成功するプロジェクトでは,図書館員(カタロガー,キュレーター,コンサバター),技術者,さらには,学者や利用者が関わるものであることが指摘されている。学者のニーズを把握し,対話をすることの重要性は,ガイドラインの導入部分でも指摘されている。
(2)原資料の選定は,言うまでもなくデジタル化プロジェクトにおいて不可欠なタスクである。ガイドラインでは,既に“コレクション”となっているものからデジタル化の対象資料を選定するのか,あるいは,複数の機関に所蔵される資料を対象にデジタル化を進めバーチャルな“コレクション”を構築するのか,などプロジェクトの範囲を明確にし,対象となる資料を明 らかにすることが求められている。後のデジタル化作業に影響を及ぼす資料の状態の確認,配信や再利用にも係る知的財産権に関する確認についても,この選定のプロセスで行われるものとして記述されている。
(3)のワークフローについては,ステップ1としてデジタル化対象資料の状態や既存のメタデータの調査,ステップ2としてデジタル化作業,ステップ3としてデジタル化の後の画像処理と,段階を追ってガイドラインを示している。
(4)メタデータでは,単にデジタルオブジェクトへのアクセスを提供するためのみならず,長期保存のために必要な情報や,ディスカバリーシステムのネットワークの中でアクセスを促進するために,メタデータを整備することの必要性が指摘されている。すなわち,書誌(記述)メタデータ,構造メタデータ,画像(技術)メタデータ,管理メタデータの,4つの種類のメタデータが必要であることを確認している。関連して(5)表示のセクションでも,永続的なアクセスを保障し,永続的識別子の使用が強く推奨されており,具体的には,PURL(Persistent Uniform Resource Locator),URN(Uniform Resource Name),DOI(Digital Object Identifier)などが例示されている。
(6)配信・利用促進・再利用では,資料に関する記述は,デジタルライブラリ・システムに蓄積されるだけでなく,メインとなる目録とも結び付けられるべきであることが指摘されている。また,国際レベル・国家レベルの,あるいは主題別のポータルサイトを活用して可視性を高めることも言及されている。具体的にはEuropeana(E1557参照)やInternet Archive,米国デジタル公共図書館(E1429参照)などが参考として挙げられている。
(7)評価では,量的分析とともに,質的分析として,誰にどのように利用されているのか,元のコレクションの利用にどのようなインパクトがあったのかといった点についても考慮すべきことが指摘されている。さらに(8)長期保存については,デジタル化に要したコストや人員,原資料への負荷等を踏まえ,デジタルコレクションの長期保存についての戦略を策定し ておかねばならないとし,国際標準機構(ISO)の標準を満たすことができないとしても,少なくとも定期的なバックアップ等は行われなければならないとしている。
このガイドラインは,貴重書等はデジタル化されなければあたかも隠されているかのような状態になってしまうとの認識を示しつつ,利用の促進まで視野に入れた計画立案の要点を示している。特別コレクションを図書館の中核に据えるべきとの認識が示される中(E1501参照),特に,計画段階から組織内の関係者ばかりでなく,組織外の研究者等との意思疎通の重要性が指摘されていることは,留意しておきたい。
関西館文献提供課・依田紀久
Ref:
http://www.ifla.org/node/9054
http://www.ifla.org/files/assets/rare-books-and-manuscripts/rbms-guidelines/ifla_guidelines_for_planning_the_digitization_of_rare_book_and_manuscripts_collections_september_2014.pdf
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/standards/list.html
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/digitization/guide.html
E1321
E1429
E1501
E1557