E1884 – 第27回保存フォーラム「デジタル時代の資料保存」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.319 2017.02.09

 

 E1884

第27回保存フォーラム「デジタル時代の資料保存」<報告>

 

 2016年12月7日,国立国会図書館(NDL)は,東京本館において第27回保存フォーラム「デジタル時代の資料保存」を開催した。保存フォーラムは資料保存の実務者による知識の共有,情報交換を意図した場である(E1642E1761参照)。

 近年急速に進んでいる図書館資料のデジタル化は,資料の持つ情報へのアクセス拡大だけではなく,デジタル化した画像を原資料の代替として提供することによって原資料を保護するという点で資料保存のための施策としても重要である。しかし,資料の構造や扱い方に注意しなければ,撮影の際に資料を傷めてしまう可能性もある。今回のフォーラムは,どのように資料保存とデジタル化のバランスをとり,両立させていくかを探るべく,英国のコンサバター(保存修復家)による講演と国内機関の事例報告とで構成し,資料保存とデジタル化について考える機会とした。

 最初にオックスフォード大学ボドリアン図書館コンサベーション&コレクションケア部門長のリィヤドブイサン(Virginia M. Lladó-Buisán)氏から,デジタル化プロジェクトにおける同館の保存部門の取り組みについての講演があり,次に一橋大学社会科学古典資料センター(以下,センター)専門助手の床井啓太郎氏とNDL収集書誌部資料保存課保存企画係長の高橋幸伸からの事例報告がなされ,最後に質疑応答が行われた。

●講演「ボドリアン図書館におけるデジタル化への資料修復アプローチ:支援と保存」

 リィヤドブイサン氏は紙資料が専門のコンサバターで,保存部門の長として保存関係業務のマネジメントを担当している。最初にボドリアン図書館と保存部門について説明があり,続いてデジタル化プロジェクトでのコンサバターの役割について,2011年から行っている同館独自のデジタル化プロジェクトと,特徴的な二例であるバチカン図書館との共同プロジェクトとエフェメラ(一過性資料。チラシやチケットなど,一般的にはすぐに捨てられてしまう類の印刷物)のデジタル化プロジェクトを挙げて解説がなされた。同館ではコンサバターはプロジェクトの初期段階から関わり,資料の状態に関する判断を一手に担う他,スキャナーの安全性の評価や,撮影者など資料に触れるスタッフ全員に対して行う貴重な資料の扱い方の研修も担当する。リィヤドブイサン氏は図書館が取り組まなければならない課題として資料の保存とデジタル化のバランスを勘案する点があるとし,その決定のために資料保存の責任者が果たすべき役割は大きいと指摘した。まとめとして,様々なプロジェクトでの経験から得られたという,プロジェクト成功のための4要素が挙げられた。

  • デジタル化プロジェクトには,すべての関係者が,最初から関与すること。
  • 適切なスケジュールを立て,資料や関係者に不必要なストレスを与えないようにすること。
  • 原則として,資料を復元したりより美しい状態にしたりするのではなく,安全に撮影するために必要な最小限の処置を行うこと。
  • 資料保存の責任者が,資料へのアクセス拡大と資料保存のバランス決定において,その判断に関わること。
●事例報告1「西洋古典資料の媒体変換と原本の保存」

 床井氏から,センターで1993年から2000年にかけて行われたメンガー文庫(オーストリアの経済学者カール・メンガーの収集資料)のマイクロ化事業での取り組みを中心に報告があった。この事業のマイクロ撮影にあたり資料への負担や破損への対処について検討をする中で,対象資料の撮影方法だけでなく,所蔵資料全体に対する保存や利用の方針を確認し,それがセンターの媒体変換と保存対策の原点となったという。検討の結果として,当初はマイクロ撮影後に撮影によって傷んだ資料のみを委託業者の責任で補修する予定だったのが,大学側が事前・事後の補修に主体的に関わり,最終的にセンターの資料全点を調査・処置する体制へと変更された。また,センターでは媒体変換のための撮影を解体や撮影時の破損など原本保存にとってリスクとなる面だけではなく,全ページの状態を確認できる保存にとってもまたとない機会としても捉えているとのことであった。

●事例報告2「国立国会図書館におけるデジタル化と資料保存部門の役割」

 NDLからは,高橋より2015年度に行ったデジタル化事業での資料保存課の役割や外部委託の仕様書に盛り込んだ内容を中心に,デジタル化における資料保存課の資料の状態調査や補修などへの取り組みを報告した。

 報告終了後に,参加申込時に寄せられた質問について質疑応答を行った。デジタル化の優先順位,デジタル化済み資料の保存修復処置,デジタル化後の原資料の利用状況についての質問があった。

 デジタル化の優先順位に関して,NDLでは「デジタル化基本計画2016-2020」の中で選定要素として1.唯一性・希少性,2.資料の劣化状況・保存の緊急性,3.資料の利用機会の拡大,4.社会的ニーズ,5.国や世界の体系的なデジタルコレクション構築への貢献,の5点を挙げている。センターも同様の基準で対象を選定しているが,その際,資料一点ごとの唯一性,希少性に加えて,文庫等のまとまりとしての形を示すことを重視しているとのことであった。ボドリアン図書館では,予算,外部からの要請,図書館内部からの発案の3点によって決定しているとの回答があった。

 デジタル化済み資料について,NDLでは原則保存箱に収納する以外の処置は行っていないが,ボドリアン図書館とセンターでも本格的な修復を行うケースは少なく,撮影の前に調査を行い,安全に扱える状態にすることに主眼をおいているということであった。

 デジタル化後の原資料の利用状況に関しては,NDLでは原則として利用に供さず,紙の風合いなど現物でなければわからないことを調べているような特別な場合にのみ提供している。ボドリアン図書館とセンターでは利用状況について調べてはいないが,ボドリアン図書館ではNDL同様媒体変換済み原資料の利用は制限しており,特別な理由がある場合にのみ原資料の閲覧要請に応じている。センターでは,デジタル化物等の代替物を優先的に利用に供している。床井氏はデジタル化の有無にかかわらず原本の利用を必要とする利用者は一定数存在すると感じているとのことであった。

 当日の配布資料はNDLウェブサイトの「資料の保存」のページで公開している。

収集書誌部資料保存課・植原亜莉奈

Ref:
http://ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/coop/forum27.html
http://www.bodleian.ox.ac.uk/our-work/conservation
http://digital.bodleian.ox.ac.uk/
http://bav.bodleian.ox.ac.uk/
http://www.bodleian.ox.ac.uk/johnson/projects/proquest
http://chssl.lib.hit-u.ac.jp/
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