E1846 – 西洋古典資料の保存に関する拠点およびネットワーク形成事業

カレントアウェアネス-E

No.312 2016.10.06

 

 E1846

西洋古典資料の保存に関する拠点およびネットワーク形成事業

 

  一橋大学社会科学古典資料センター(以下センター)は,文部科学省共通政策課題「文化的・学術的な資料等の保存等」の採択を受けて,2018年度までの3か年度に及ぶ「西洋古典資料の保存に関する拠点およびネットワーク形成事業」を2016年4月から開始した。

◯背景
   明治以降,日本では西洋の学問や思想を積極的に取り入れる過程で,各大学等が数多くの西洋古典資料を収集してきた。これらの資料は,長年にわたって日本の研究・教育の発展に多大な寄与をしてきただけでなく,出版から数百年の時を経て,装丁や素材を含めた「もの」としての資料それ自体が歴史的文化遺産としての価値をもつが,近年では資料の経年劣化が進み,予算的な制約もあって十分な保存対策を行えないケースが多いのが実情である。また,大学図書館等でゼネラリスト育成を志向するジョブローテーションが一般化し,コレクションに精通する職員の多くが定年退職を迎えるなか,所蔵資料全体を概観して,機関としての保存計画を策定し管理する人材も不足している。こうした状況から,今後大学等が西洋古典資料の長期保存を図る上で,適切な保存対策とそのための人材育成の仕組みを構築することが喫緊の課題となっている。

◯事業の概要
   センターは国内で唯一の西洋古典資料に特化した研究図書館として,センター内に設置された保存修復工房を拠点に,約8万点に及ぶ所蔵資料の保存対策を20年以上にわたって計画的に進めてきた。また,西洋古典資料の保存とその技法に関する講習会を毎年開催することで,全国の図書館関係者が資料保存について学ぶ研修機関としての役割も果たしてきた。

   今回の事業は,こうした実績を背景に,(1)西洋古典資料の保存について中核的な役割を果たす人材を育成する実務研修事業,(2)所蔵資料の保存修復事業,(3)全国の大学等研究機関における西洋古典資料の所蔵・保存状況の実態調査を同時並行的に進めることで,国内における西洋古典資料の保存水準の全体的な底上げを目指すものである。

   実務研修事業は,センターが他機関から研修生を年間数名ずつ受け入れ,それぞれの機関の実情に応じてきめ細かく設定されたカリキュラムに沿って,資料の状態調査,修理,保革(西洋古典資料の表装には革がよく用いられる),保存容器の作成,保存環境整備などの実習を行うものである。同時期に受け入れる研修生は1名のみで,1か月から最大半年の長期にわたって集中的に研修を行うことで,保存修復の技術習得のみならず,資料の保存計画や保存環境整備の立案,またそのための判断ができる人材の育成を目指す。研修修了後は所属機関に戻った研修生を中心に,さらにそれぞれの地域で保存のための人材育成をセンターと協力しつつ行い,西洋古典資料の保存のためのネットワークを全国的に構築していくことを目標としている。

   所蔵資料の保存修復事業は,これまでセンターが行ってきた資料保存対策を引き継ぎつつ,新たに今後3年間で所蔵資料4,000点の状態調査,保存修復処置を行うものである。

   保存に関する実態調査は,これまで必ずしも詳らかになっていなかった西洋古典資料の所蔵・保存状況を全国的に調査し,今後全国の関係機関が連携しながら保存対策を進める上での基礎データを得ることが目的である。

◯これまでの成果
   本事業では,2016年5月から6月にかけて3週間,国立国会図書館(NDL)から研修生を迎えて実務研修を実施した。この研修では,限られた研修期間において最大限の効果を得るため,事前にNDLの体制,要望等について聞き取りを行った上,研修内容を綿密に取捨選択しカリキュラムを作成した。また,研修中も,研修の達成状況や研修生本人の要望等に応じて随時カリキュラムを組み直した。その結果,保存計画を立てる上で判断の前提となる資料の状態調査の手法等を多様な実例に基づきながら学べた点,自館の現状や問題意識に即して西洋古典資料の保存法を学べた点などについて,高い評価を得ることができた。今後2016年度中にさらに3大学からの研修生を受け入れる予定である。

   また,2016年4月から9月までに,センターで所蔵する西洋古典資料約600点の調査・保存処置を終えた。

   そのほか,書籍に用いられる紙素材の科学的分析を通じて資料保存のあり方を考えるというテーマで,公開講座を2016年度中に開催する予定である。

◯今後の課題
   2017年度以降の課題として,実務研修に参加した研修生およびその所属機関同士が,それぞれに抱える問題意識を共有して,解決策へとつなげていけるネットワーク作りを具体化していくことが挙げられる。加えて,実務研修への参加機関が拠点となって,得られた成果をさらに広く地域へと波及させていくための地域講習会等の枠組み作りを行いたい。また,全国の諸機関において所蔵されている西洋古典資料の所蔵状況,保存状況についての調査を本格的に進めていく予定である。

   これらを実現することにより,全国で所蔵されている西洋古典資料の保存状況の改善を一歩一歩着実に進めていきたいと考えている。

一橋大学社会科学古典資料センター・床井啓太郎

Ref:
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