E1838 – 文献管理ツールをめぐる動向:出版社の取り組み<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.310 2016.09.01

 

 E1838

文献管理ツールをめぐる動向:出版社の取り組み<文献紹介>

 

Cindy Shamel. Reference Management and Sharing: Trends and Tools for Researchers. Online Searcher: Information Discovery, Technology, Strategies. 2016, 40(3).

 本文献は,文献管理ツールをめぐる動向について,特に出版社の企業戦略の観点から論じたものである。1990年代後半から2000年代初めの欧米において,主に大学の研究者らが開発に携わってきた文献管理ツールとして,QUOSA,Zotero,Papers,Mendeley,ReadCubeを挙げた上で,Elsevier社によるQUOSA取得(2012年)を端緒に今やその大半が出版社の製品と化していることを指摘し,その背景について考察するとともに各社の動向を概観している。

 出版社の企業戦略において文献管理ツールが重視され始めた背景には,生物医学と科学出版との親和性があるとしている。中でも生命に関わる製品を開発する,薬学,診断学,医療機器,バイオ産業の分野では,製品の安全性を担保するため,研究が文献に大きく依拠している。製品を政府の規制に適合させるには,開発から認可申請,市販後の安全性モニタリングに至るまで,関係するあらゆる文献を捕捉し,関係者間で共有することが重要となる。ここで技術的解決をしてくれるのが文献管理ツールである。Elsevier社は,QUOSAを特に製薬業界向け文献管理ツールと位置付け,いくつもの大手製薬会社から採用されている。

 Elsevier社はその企業戦略において,研究の発展には情報技術が不可欠であるとの認識を示している。コンテンツの取得・生産・管理・普及を包括的に扱うコンテンツビジネスにとって,コンテンツへのアクセスやその分析,検索の利便性向上を求める利用者のニーズに応えるためには,最先端の情報技術とコンテンツの組み合わせが必要であり,文献管理ツールはその包括的研究支援の一端に組み込まれていると言えるであろう。

 なお,Elsevier社は,2012年のQUOSA取得に続き2013年にはMendeleyを取得しているが,前者が機関契約モデルを取るのに対し,後者は個人向け無料ツールとして研究者個人をメインターゲットとするという差異化を図り,高いシェアを誇っている。

 Elsevier社とはやや異なるアプローチを取るのがSpringer Nature社である。この出版社は,Springer Science+Business Mediaと,Macmillan Science and Educationの大半の事業の合併により2015年1月に誕生したが,この合併内容もSpringer Nature社における文献管理ツールの展開と関連している。元々,Macmillan社は子会社であるDigital Science社を通してReadCube(2011年公開)の開発に出資し,Springer社はPapersを取得し(2012年),各々で文献管理ツールを展開していたが,Digital Science社は合併対象に含まれなかった。合併後,Springer Nature社は,2015年7月にReadCubeと提携関係を結び,コンテンツのインデクシングや付加機能による利便性向上により,学術コミュニティのニーズを捕捉しようとしている。2016年3月にはPapersもReadCubeへ売却され,Springer Nature社が独自に保有する文献管理ツールはなくなった。

 ReadCubeは特定の出版社傘下にないことから,様々な出版社との提携が可能であるというメリットを持っている。実際に,提携先はElsevier社を含め65社以上で,4,000万本を超える論文がEnhanced PDF(ReadCubeが提供する,論文本文中における引用のハイパーリンク化等が可能なフォーマット)で利用でき,ユーザ数は1,530万を超えるとされる。

 さらにReadCubeは,文献管理ツールとしての基本機能を提供するにとどまらない可能性を見せている。本文献はNature Publishing Groupが購読ユーザ・非購読ユーザ間におけるコンテンツ共有のプラットフォームとしてReadCubeを利用していることに言及しているが,この他,ReadCubeは有料コンテンツの購入・レンタルサービスのプラットフォームとしても活用されつつあることが想起されよう。

 研究や学術情報流通の有り様の変化と出版社の企業戦略は密接に関連している。出版社は研究活動を包括的に支援するための構成要素としての意義を文献管理ツールに見出したが,今後も時代の変化に応じ多機能化等を図っていくことが予想される。文献管理ツールと大学図書館の関わりについては,2012年に詳細なレビューがなされているが(CA1775参照),以後も,国立大学図書館協会教育学習支援検討特別委員会による「高等教育のための情報リテラシー基準2015年版」(E1712参照)に,例としてではあるが文献管理ツールの活用について言及が見られる等,研究・学習活動に不可欠のツールとしての位置づけが一層高まりつつある。図書館がスムーズな利用者サービスを行うためには,その動向に引き続き注視していく必要があるであろう。

鹿児島大学附属図書館・西薗由依

Ref:
http://www.infotoday.com/OnlineSearcher/Articles/Features/Reference-Management-and-Sharing-Trends-and-Tools-for-Researchers-110758.shtml
http://jp.elsevier.com/online-tools/quosa
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I8855402-00
http://www.natureasia.com/ja-jp/info/press-releases/detail/8560
https://www.readcube.com/publishers
http://www.janul.jp/j/projects/sftl/sftl201503b.pdf
E1712
CA1775