カレントアウェアネス-E
No.307 2016.07.14
E1820
研究用ソフトウェアの持続可能性
研究データ管理の重要性が最近声高に叫ばれているが,研究データを読み取るには,研究機関で開発され研究目的で使用される研究用ソフトウェアをはじめとするソフトウェアが必要であることは言うまでもない。しかしそのソフトウェアの持続可能性,すなわちソフトウェアを将来にわたって利用できるようにする取組みについては,あまり注意が払われていない。ソフトウェアがないとデータを読み込んで解釈することができないが,ソフトウェアがあっても現在の環境で動作しなかったりバージョンが違ったりするとデータを正しく読み取れない可能性があるので,ソフトウェアの持続可能性は重要な問題となる。
2016年3月,高等教育・研究向けインフラの開発と活用を目的とするプロジェクトKnowledge Exchangeが,“Research Software Sustainability: Report on a Knowledge Exchange Workshop”と題する報告書を公開した。副題にもあるとおり,これは2015年10月1日・2日にベルリンで開催された,研究用ソフトウェアの持続可能性に関するワークショップの報告である。報告書では,ソフトウェアの持続可能性に関し,提言,利益,社会的・技術的課題などが解説されている。また,関連機関や各国の動向についても言及されている。
◯提言
研究の信頼性や再現性の向上のために,次の5つの提言がなされている。
・研究においてソフトウェアが果たす役割について意識の向上が必要である。それには,研究者のみならず,出版者,資金提供者,政策立案者などの利害関係者も関与しなければならない。
・研究用ソフトウェアを研究対象として認識すべきである。標準的な引用方法を確立して,出版物のように引用可能な成果物とすべきである。
・資金提供者は,資金をソフトウェアの維持管理にも使用できるようにすべきである。また,データ管理計画(Data Management Plan:DMP)のように,ソフトウェア管理計画(Software Management Plan:SMP)も研究者に策定させるべきである。
・研究コミュニティは関連技術を習得しなければならない。博士課程にソフトウェア工学の研修プログラムを組み込むなど,ソフトウェア開発の教育も実施すべきである。また,研究用ソフトウェア・エンジニアのキャリアパスも認知されるべきである。
・ソフトウェアの持続可能性に関する技術やノウハウを蓄積する組織を設立しなければならない。自国の研究コミュニティに適合した組織が各国で設立され,それらが連携すべきである。
◯利益
ソフトウェアの持続可能性が向上すれば,ソフトウェアの信頼性や研究結果の再現性が向上し,またそのソフトウェアが再利用しやすくなる。その結果,そのソフトウェアを使用した研究成果の信頼性が高まること,より多くの時間を研究に割けること,ソフトウェアが見つけやすくなること,資金が節約でき投資の回収率が高まること,研究データへのアクセスやその利用が長期的に可能になること,などが期待される。
◯社会的課題
社会的課題として,次の3つの点などが挙げられている。
・ソフトウェアのバージョンの識別
研究結果を再現するには,研究に使用されたソフトウェアの正確なバージョンを知る必要がある。各バージョンにDOIを付与できるGitHubのようなリポジトリでソフトウェアのバージョン管理をすることで,特定のバージョンの識別が容易になる。
・所有権やライセンスの理解
研究機関の多くは,所属する研究者が開発したソフトウェアの所有権に対する立場を明確にしていない。その立場を明確にすれば,ソフトウェアへのライセンス付与はかなり容易になる。
・明確なインセンティブとインパクト
研究者は直接成果を生み出すわけではないソフトウェアの開発にはほとんど時間をかけない。持続可能なソフトウェアを使用した研究にインセンティブを与えるようなインパクト指標を開発すべきである。
◯技術的課題
「良い」ソフトウェアを識別することの難しさ,ソフトウェアの発見可能性の低さが,技術的な課題として挙げられる。ソフトウェアについて,利用可能かどうか,適切に解説した文書があるか,ライセンスが付与されているか,バージョン管理されているか,動作が検証されているか,などの情報を明確にして,ソフトウェアの再利用を促すべきである。また,ソフトウェアのカタログや,研究者のニーズに合ったソフトウェアを紹介してくれる仲介者を利用して,ソフトウェアを見つけやすくすべきである。
そのほか,報告書では,専門的知識やノウハウを提供する組織として,英国のSoftware Sustainability Institute,オランダのDANS(Data Archiving and Networked Services)とSURFsaraを紹介している。また,ドイツ,オランダ,英国など各国の動向にも言及している。
研究用ソフトウェアと研究データは,その品質の判定や管理に共通する部分が多い。先行している研究データ管理の取組みを参考に,研究用ソフトウェアの持続可能性についての取組みが進展することが望まれる。
関西館図書館協力課・阿部健太郎
Ref:
http://repository.jisc.ac.uk/6332/1/Research_Software_Sustainability_Report_on_KE_Workshop_Feb_2016_FINAL.pdf
https://github.com/
http://www.software.ac.uk/
https://dans.knaw.nl/en
https://www.surf.nl/en/about-surf/subsidiaries/surfsara