カレントアウェアネス-E

No.280 2015.04.23

 E1670

危機に瀕した文化遺産のアーカイブ：英国図書館の10年の取組

　リビアのティフィナグ語の碑文，マリ共和国トンブクトゥの手稿，ロマの民族自決運動黎明期の新聞，カメルーンの写真スタジオの写真，ギニアのセク・トゥーレ大統領時代の音楽，イランのラジオ番組…。これらの文化遺産はよく知られているとは言い難いが，政治的な紛争，自然災害等のさまざまな理由により，いずれも消滅の危機に瀕していたという。

　英国図書館（BL）では，Arcadia財団の支援を得て，これらの消滅の危機に瀕した文化遺産をアーカイブする取組み“Endangered Archives Programme”（以下EAP）を2004年から実施している。EAPではこれまで，世界78か国の約250のプロジェクトに助成を行い，危機に瀕した文化遺産を当該地域の適切なアーカイブに移し，デジタル化し，その大多数をBLが運営するEAPのウェブサイトで公開している。2015年2月に，この10年間の取組みを記念して“From Dust to Digital: Ten Years of the Endangered Archives Programme”が刊行された。この書籍では，碑文，手稿，文書アーカイブ，写真アーカイブ，音声アーカイブの5分類で，合計19のプロジェクトが紹介されており，アーカイブの意義と，その成果であるデジタル化資料がもつ幅広い研究利用の可能性が示されている。本稿では，EAPの概要を紹介する。

 　EAPが対象とする文化遺産は前近代社会の歴史に関するもので，新聞，雑誌，音声資料，視聴覚資料，写真，貴重書，手稿等，幅広い資料がその範囲に含まれている。ただし公的機関による大規模な文書のデジタル化は，基本的に対象外である。アーカイブすべき対象は，関連領域の研究者やアーキビスト，図書館員等から広く提案を募集し，審議会において選定している。審議会は，Arcadia財団の代表が議長を務め，BLの代表者のほか，また，さまざまな分野の学者やアーキビスト6名で構成され，その内容や緊急性から，支援対象を選定している。支援対象の多くは私人や非政府機関のコレクションで占められているという。

　EAPは，各地域において，将来にわたってその文化遺産を保存していけるよう支援することに重きを置いている。すべてのプロジェクトにおいて，当該地域の協力者が含まれていることが重視されており，アーカイブのコレクション管理やデジタル化のための技術など，現地の職員に専門的な研修を行うための費用を提案に含めることが推奨されている。また，スキャナーやデジタルカメラ，パソコンなど，このプロジェクトで使用された機器は，助成期間が終了した後も現地に残され，継続して利用ができるよう配慮がなされている。

　EAPの各プロジェクトの運営は，資料を保有する当該国の適切な機関が主体となって行うことを旨としている。機関の後ろ盾を持たない個人の研究者であっても，EAPに申請することはできるが，プロジェクト管理と成果物公開の実績を示す必要がある。

　アーカイブの対象となる資料は，その修復や複製などに必要な処置のための一時的な持ち出しを除いて，当該国から持ち出されることはなく，持ち出す場合には当該国の関連する政府機関と文書を取り交わすなど，慎重な対応が行われるという。資料をデジタル化したファイルについても，BLに納入されるのはバックアップのための複製物であり，マスターファイルについては，現地の研究者が活用できるよう，当該国の適切な機関が管理することとしている。なお，著作権は著作権者が保持するが，複製物の研究目的の利用については，著作権者からの許諾を得ておくことが求められている。

　消滅の危機に瀕した多様な文化遺産を，その当該地域から引き離すことなくアーカイブし，当該地域での研究利用に供するとともに，全世界に向けて公開することでさらに幅広い利用の可能性を拓く，意義ある取組みであると考える。EAPの今後の継続的な発展を期待したい。

関西館文献提供課・篠田麻美

Ref:
http://eap.bl.uk/
http://dx.doi.org/10.11647/OBP.0052
https://www.openbookpublishers.com/resources/9781783740628/Intro-Kominko.pdf
http://eap.bl.uk/pages/about.html
http://eap.bl.uk/database/map.a4d
http://eap.bl.uk/database/all_projects.a4d
http://www.arcadiafund.org.uk/