E1641 – 来たるべきアート・アーカイブとは<報告>

カレントアウェアネス-E

No.273 2014.12.24

 

 E1641

来たるべきアート・アーカイブとは<報告>

 

 2014年11月24日,国立新美術館(東京都)において,京都市立芸術大学芸術資源研究センター主催のシンポジウム「来たるべきアート・アーカイブ 大学と美術館の役割」が開催された。同センターによれば,アート・アーカイブとは,アーティストの手稿,写真,映像など,作家や作品ゆかりの資料・記録類を指し,近年では大学や美術館がそれらの収集と利活用に取り組み始めているという。今回のシンポジウムでは,基調講演,四つの事例報告につづいて,パネルディスカッションが行われた。

 事例報告の一つ目として,慶應義塾大学アート・センター教授の渡部葉子氏からは,「ファジー」,「フラジャイル」という2つの言葉をキーワードに,同センターの取組みが紹介された。同センターでは1998年以降,土方巽関係資料等四つの資料体を中心に,資料整理や公開をすすめてきた。公開に関する共通する問いとして(1)アーカイブは「いつ」公開できるのか,(2)アーカイブは「何を」公開できるのかという2点を示し,渡部氏は「いつでも,すなわち明日からでも」,そして,所管する資料なら基本的に「何でも」と答えを示しつつ,柔軟に公開していく同センターの姿勢が示された。また,資料展示が組み込まれる展覧会の増加傾向を踏まえ,芸術を扱うアート・アーカイブが「芸術作品とは何か?」という問題を内包していることが指摘された。

 国立西洋美術館情報資料室長の川口雅子氏からは,「美術作品の記録を残すということ-美術館アーカイブズの視点から」と題した発表があった。同館では,会議録から購入・寄贈文書,貸出記録,展示記録,写真,書簡,掲載文献に至るまで,所蔵作品に関する文書記録や資料,情報の集積に取り組んでいる。しかし,こうした資料の大部分は現用段階にあるととらえられ,ほとんどの作品の記録文書は作成部局にとどまっている。このため,アーカイブズで管理・公開できないという課題が指摘された。作品の記録管理に従事するレジストラの不在も課題である。また,同館の所蔵作品とその歴史をたどる資料の展示を事例として紹介し,設置母体である美術館にとって,もっとも重要なのは作品であるが,作品に関する記録へのアクセスを保証することも重要な役割であると論じられた。

 国立新美術館情報資料室の谷口英理氏は,全国の美術館にあるアーカイブ資料の所在が公になっておらず研究者が活用できる状態になっていない,美術館でもアーカイブ機能の重要性を自覚する職員は増えているが体制が追いついていない,著作権や個人情報を含む資料の扱いに関する共通のガイドラインがない,という全国的な現状について述べた。次いで,国立新美術館アートライブラリーの課題を示した。同館は所蔵作品を持たない一方で,国立美術館5館の中で唯一,美術に関する情報や資料の収集・公開・提供,教育普及などのアート・センター機能をもつ館として位置づけられている。しかし,スタッフは期限付雇用であり,数年で全員入れ替わるため,アーカイブズ資料の受け入れ作業から得られた知識の共有や関係者との信頼関係の確保が課題であるという。また,国立美術館機構のうち4館では,所蔵作品に加えて一部のアーカイブ資料も「所蔵作品総合目録検索システム」に入力しているが,同館は所蔵作品を持たないため,この総合目録に参加しておらず,共通のゲートウェイによるアクセスができていないという問題も示された。

 次いで,京都市立芸術大学美術学部教授の石原友明氏から,「創造的誤読-制作とアーカイブ」と題し,現代美術の制作者の立場から報告があった。近年,過去の画像や文章など,多くのアーカイブ的なものを活用した作品が見られる。アーカイブの2つの側面である「情報を記録する技法(書き方)」「記録された情報を読み解く技法(読み方)」のうち,後者について,「創造的誤読」(わざと読みかえ,取り違えること)により,DJが過去の音源をつなぎ合わせ,レコードプレイヤーという再生機器を楽器とするように,もとの文脈を剥がして新しい文脈に位置づけ,身体的なレベルでつくりかえることが,いまの制作者にとって重要な問題と考えている,と述べた。

 パネルディスカッションでは,上記の4人の発表者と加治屋健司氏(京都市立芸術大学准教授)をパネリストとし,司会の林道郎氏(上智大学教授)のもと,「現用段階」「現用文書」という用語は美術研究者にとっては馴染みがない言葉で,関係者間の理解が一様ではないことが示された。関連して,作品入手の経緯など,現用文書がなければ美術館自身も自己言及ができないが,現用段階ゆえに学芸部門からどのように移管して保存・公開するか,各館での取組状況が異なることも明らかになった。また,京都市立芸術大学の「創造のためのアーカイブ」とは具体的に何を集め,どう活用するのか等の論点で意見が交換された。参加者からは,アート・アーカイブの運営体制の不安定さ(人的・資金的),最近亡くなった現代美術作家らの関連資料の収集の喫緊さ,といった課題の指摘や,現代美術作家研究においては書簡ではなくメールなどデータの保存を,などの提案があった。

利用者サービス部サービス運営課・吉間仁子

Ref:
http://www.kcua.ac.jp/event/20141126_arc-symposium/
http://www.kcua.ac.jp/arc/about/
http://www.art-c.keio.ac.jp/
http://www.nmwa.go.jp/jp/education/library.html
http://www.nact.jp/art-library/
http://www.momat.go.jp/Honkan/Art_and_Printed_Matter.html
http://search.artmuseums.go.jp/
http://artscape.jp/report/topics/10105756_4278.html