E1416 – ケルン市歴史文書館の倒壊と復興が語ること

カレントアウェアネス-E

No.235 2013.04.11

 

 E1416

ケルン市歴史文書館の倒壊と復興が語ること

 

 ケルン市歴史文書館は,アルプス以北で最大規模を誇る自治体文書館である。2009年3月3日,地下鉄工事によって地盤が崩れ,1971年に建てられた7階建ての文書館の建物とそれに隣接する住宅が倒壊するという大事故が発生し,所蔵史資料が破損,水没するという大きな被害を受けた。事故直後から多くの専門家や市民がボランティアとして史資料の救出に尽力した結果,最終的には全体の95%が回収されたが,そのうち35%がきわめて重度の,半数が重度から中程度の損傷を受けていたとされる。史資料の保全・修復のための資金は公的資金の他,費用を一般から募る「文書スポンサー」制度によっても調達されている。史資料へのアクセスは,2009年6月に臨時閲覧室が開設され,1815年以前の「古文書」類の保存マイクロフィルムのコピーが閲覧に供されたことで,ひとまず確保された。また文書館の再建先はケルン市南地区のEifelwallに決定し,現在2017年の開館が目指されている。

 日本では,ケルン市歴史文書館を利用していた留学経験者である筆者らが呼びかけ人となり,研究会等のネットワークを通じて,文書館支援の署名を集めることになった。その際,文書館の国際的重要性を日本から訴え,現地での救援活動を後押しすることを目指した。2009年5月初めまでに全国から歴史家,言語学者,博物館関係者,作家など171名の賛同者を得て,趣意書と署名とを公開書簡形式でケルン市およびケルン市のあるノルトライン=ヴェストファーレン州宛に送付した。2009年末までに集まった募金約10万円は呼びかけ人が代表となり,文書館と後述する「デジタルケルン市歴史文書館」に寄付した。2010年以降は,文書館再建に関する動向を賛同者にメールにて報告するとともに,呼びかけ人らが中心となり歴史専門誌等に関連記事を執筆・翻訳するなどの活動を展開している。さらに日本の史料保全活動グループである史料ネットとの連携も図り,東日本大震災では同グループによる被災史料保全への協力呼びかけをドイツ語にし,インターネットで掲示,配布した。

 事故からおよそ2年半が経過した2011年8月8日には,収蔵史資料の救出作業が公式に終了した。とはいえ文書館が完全に復興するまでには,膨大な労力と費用とを要する修復作業が見込まれ,30年から50年という長期にわたる復興事業が計画されている。この長期復興計画の中心となるのが「市民アーカイブ構想」であり,デジタル・アーカイブがその中核に位置付けられている。復興プランで目指されているのは,インターネットを通じたデジタル・アーカイブによるヴァーチャルな利用形態と,閲覧室での伝統的な利用形態との融合である。これにより,今後収蔵史資料の保全・修復とその公開を同時に進めていかなくてはならないという難しい状況の中ではあるが,文書館の収蔵史資料の利用可能性が飛躍的に高まるものと期待される。

 復興計画の理念的支柱である「市民アーカイブ構想」では,文書館復興に際して「万人に開かれていること」が強調されている。これは,文書館利用と史資料へのアクセスが万人に開かれているという一般的な意味であると同時に,復興プロセスが万人に開かれているということをも意味している。ケルン市民を含めた万人に開かれた議論のプロセスそのものが,倒壊からの完全な復興を担保するものと理解されているのである。この背景には,文書館倒壊に至る要因の一つとして,長年にわたる文書館に対する市民の無関心が各方面から指摘されていた事実がある。しかし文書館倒壊は同時に,史資料の救出作業に参加した多くの市民ボランティアの働きに象徴されるように,市民社会における「記憶の場」である文書館の意味が広く問い直される機会でもあった。前述の「デジタルケルン市歴史文書館」も,文書館再開の見通しが全く立たない中で,利用者の手元にある史資料の複写類をデジタル・アーカイブとして利用者間で相互に閲覧可能とすることで,なんとかケルン史研究の灯を絶やさないための試みであった。これは当初,若手歴史研究者が中心となって市民主導で立ち上げられ運営されていたが,現在では復興計画の中核に位置付けられ,その充実と発展が図られている。このような所蔵史資料のデジタル化公開だけに留まらない,文書館と利用者双方の協働による新しいリファレンスと利用形態の確立を目指すケルン歴史文書館の復興計画は,「市民アーカイブ」のモデルケースとなる可能性をも秘めていると言えるであろう。

 自然災害の多い日本では,被災史資料の保全・修復に関し,ケルンでの取り組みから学ぶべきこと,またケルン市歴史文書館の復興支援に日本から貢献できることも多いであろう。長期的な支援の輪と交流の広がりを期待したい。

(ケルン市歴史文書館救援の会呼びかけ人・猪刈由紀)
(ケルン市歴史文書館救援の会呼びかけ人・平松英人)

Ref:
http://www.stadt-koeln.de/5/kulturstadt/historisches-archiv/
http://historischesarchivkoeln.de/de/
http://hastk.blogspot.jp/