カレントアウェアネス-E
No.212 2012.03.29
E1277
2020年,学術論文の90%はOA誌に掲載される?<文献紹介>
Lewis, David W. The Inevitability of Open Access. College & Research Libraries, 2012.
2006年創刊のオープンアクセス(OA)誌PLoS ONEは,2011年には1年間で約14,000本の論文を掲載する世界最大の学術雑誌となった。同誌のように著者が支払う掲載料を収入源とし,広い分野を対象に,多数の論文を簡単な査読の下で出版するOA誌は「OAメガジャーナル」と呼ばれ,PLoS ONEの成功を受け,他の商業出版社も相次いで同様のOA誌を創刊している。
2012年2月29日に開催されたSPARC Japanセミナー「OAメガジャーナルの興隆」で焦点の一つとなったのが,本稿で紹介する,インディアナ大学-パデュー大学インディアナポリス校図書館長のルイス(David W. Lewis)が2011年9月発表の論文で示した「2020年には学術論文の90%はゴールドOA論文になる=OA誌に掲載される」という予測である。
ルイスの目的はゴールドOA(OA誌)が購読出版モデルと置き換わるペースの予測である。予測にあたり,彼はラークソ(Mikael Laakso)らによる,1993~2009年のゴールドOAの成長に関する研究データを利用した。同研究はDirectory of Open Access Journal(DOAJ)収録誌からランダムに選んだOA誌の過去の掲載論文数を集計し,そこからゴールドOA論文数全体の推移を調べたものであり,ラークソらは,2000年に約19,500本であったゴールドOA論文が2009年には約191,850本(非OAも含めた全論文の約7.7%)へと急成長していると見積もった。ここから,単純にゴールドOA論文数の占める割合が直線的に増加し続けると仮定すれば,2025年には19.6~26.8%になると予測される。しかしルイスはこのような予測は誤りであるとする。ゴールドOAは「破壊的イノベーション」であり,購読出版との置き換わりは直線的には進まない,というのである。
破壊的イノベーションとはハーバード大学のクリステンセン(Clayton M. Christensen)が提唱した概念であり,製品開発において,製品の性能を下げるものの従来にない特徴を備えた「破壊的技術」によってなされる技術革新のことである。破壊的技術の持つ特徴は,需要に対して過剰になっている既存技術の性能(例:ディスクの容量)との差別化に成功し,市場において有利に働くことがある。
さらにルイスは破壊的イノベーションによる既存製品とのシェア交替は直線的にではなく,S字曲線を描いて進むとも指摘する。その前提に立って再度ゴールドOAの成長を予測すると,早ければ2020年には学術論文の90%はゴールドOA論文が占めるようになる,というのが彼の結論である。
この予測はなにより「ゴールドOAは破壊的イノベーションである」という前提の上に成り立っている。当初は多くの研究者に受け入れられなかったものの,購読出版にはない特徴によって一部に市場を開き,後にトップジャーナルも現れた,というこれまでのゴールドOAの経緯は,ゴールドOAが破壊的イノベーションの要件を満たすことを示している,というのがルイスの主張である。筆者にも,この主張には頷ける部分があるように思える。OAメガジャーナルの相次ぐ創刊はゴールドOAという新技術を活用した有力モデルの確立とも捉えられる。インパクトファクターで比較すればPLoS ONEは同分野の多くの購読モデル誌を上回っており,他のOAメガジャーナルでも同様の水準が実現したならば,OAである点や短期間での査読が新たな価値となり市場を席巻する,という将来はあり得るようにも思える。
一方で,研究者は投稿先の決定時に必ずしもインパクトファクターのような特定の指標を比較しているわけではないとも考えられる。クリステンセンは,ある技術が破壊的イノベーションをもたらすか否かは,市場で求められる性能向上の軌跡と,技術が供給する性能の比較によって判断しうるという。しかし学術雑誌の性能,この場合は研究者が投稿先決定時に重視する要素は,ディスク容量のように単純な比較が行えるものなのか。この点について論文中でのルイスの検討は不十分であり,ゴールドOAを破壊的イノベーションと捉えるか否かは実質読者の判断に委ねられている。
ルイスの予測は正しいか否か。8年後には答えがわかる。それを待ってはいられない学術情報流通のステークホルダーは,まずはゴールドOAが破壊的イノベーションか否かの判断を下す必要がある。そしてそれが自らにどういう影響を与えるかを一考することも。
(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・佐藤翔)
Ref:
http://crl.acrl.org/content/early/2011/09/21/crl-299.full.pdf
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/20120229.html
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20120229/1330530968
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0020961
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003016601-00