2020年の新型コロナウイルス感染症の大流行は学術出版・研究成果公開にどのような影響を与えたか(記事紹介)

2020年12月16日付で、Nature誌のオンライン版に、同誌の収集・分析したデータに基づいて、2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行が学術出版・研究成果公開にどのような影響を与えたかを解説する記事が掲載されています。

同記事では、主に次のようなことを指摘しています。

・Digital Science社のディスカバリープラットフォームDimensionsのデータによると、2020年に発表された論文の約4%が新型コロナウイルス感染症に関連している。医学文献データベースPubMedでは、2020年に索引された論文の約6%が新型コロナウイルス感染症に関連している。

・米国の人工知能(AI)技術開発等の専門企業Primer社の、PubMedに収録された新型コロナウイルス感染症関連論文に対する分析によると、当初は感染症の拡大・入院患者の予後・診断・検査などのテーマが扱われていたが、5月以降こうしたテーマの論文の発表は停滞し、メンタルヘルスに関する研究への関心が高まっている。

・2020年に発表された新型コロナウイルス感染症関連論文のうち3万件以上がプレプリントであった。2019年6月に開設されたばかりの医学分野のプレプリントサーバmedRxivでは、掲載されたプレプリントの3分の2以上が新型コロナウイルス感染症に関連しており、12月前半までに約4分の1が学術雑誌に収録された。

・新型コロナウイルス感染症関連論文については迅速な査読が行われている。medRxiv掲載論文の場合、査読誌に掲載されるまでに要した日数の中央値は72日であり、他のトピックと比べると約2倍の迅速さである。2020年上半期に医学雑誌11誌に行われた調査によると、新型コロナウイルス感染症関連論文は通常よりも極めて迅速に査読が行われる一方で、その他のテーマの研究の公開が通常より遅くなっていることが明らかになった。

・中国の研究者による新型コロナウイルス感染症関連論文の発表は2020年初めにピークに達するなど、感染症の流行経路を辿るように、国別の新型コロナウイルス感染症関連論文の発表数が推移していることが指摘されている。

・最も引用された新型コロナウイルス感染症関連論文は、流行最初期の1月に発表された中国・武漢市の41人の入院患者に関するThe Lancet誌掲載の論文である。最も引用されたプレプリントは、ロックダウンや対人距離の確保により数百万人単位で死者を減少させ得ることを提言したインペリアル・カレッジ・ロンドンのレポートである。Altmetric社によると、後者のプレプリントはソーシャルメディア上で史上最も話題を集めた学術文献となっている。

・Elsevier社によると2020年2月から5月に投稿された学術論文の割合は、前年比で約58%の増加となったが、女性研究者による投稿の伸びは男性研究者よりも低い。ロックダウン中に、育児や教育の負担を女性が担っていたことが影響していると推測される。

・論文撤回監視サイトRetraction Watchによると、2020年12月までに新型コロナウイルス感染症関連のプレプリント15件と学術論文24件が撤回された。一般に論文の撤回には公開から約3年程度を要するが、新型コロナウイルス感染症関連論文の撤回は公開後数か月で行われており、他のテーマよりも撤回の可能性が高いかどうかの判断はまだ下すことができない。

How a torrent of COVID science changed research publishing — in seven charts(Nature,2020/12/16)
https://doi.org/10.1038/d41586-020-03564-y

参考:
中国科学院(CAS)、「新型コロナウイルス感染症」に関する最新の研究成果をワンストップで発見するためのプラットフォームとしてDigital Science社のDimensionsを推奨
Posted 2020年2月25日
https://current.ndl.go.jp/node/40318

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)、報告書「COVID-19 / SARS-CoV-2 関連のプレプリントを用いた研究動向の試行的分析」を公開
Posted 2020年7月3日
https://current.ndl.go.jp/node/41412

慈善団体チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(CZI)、医学分野のプレプリントサーバーmedRxivへ200万ドルの資金提供を実施
Posted 2020年6月22日
https://current.ndl.go.jp/node/41287

感染症拡大下でのプレプリントサーバによるスクリーニング(記事紹介)
Posted 2020年5月15日
https://current.ndl.go.jp/node/40957

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)、報告書「COVID-19研究に関する国際共著状況:2020年4月末時点のデータを用いた分析」を公開
Posted 2020年7月3日
https://current.ndl.go.jp/node/41424

新型コロナウイルスにHIVウイルスと不自然に類似したタンパク質が含まれている、と主張するプレプリントがbioRxivに掲載されるも、2日で取り下げられる bioRxivは新型コロナウイルス関連プレプリントに関する注意喚起を表示
Posted 2020年2月4日
https://current.ndl.go.jp/node/40153

研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)、大学・研究機関等へ新型コロナウイルス流行中は柔軟に人事・予算等に関する意思決定を行うことを求めた声明を発表
Posted 2020年4月9日
https://current.ndl.go.jp/node/40739

新型コロナウイルス感染症関連論文が撤回されるリスクを最小限に抑えるために最適な査読プロセス(文献紹介)
Posted 2020年12月3日
https://current.ndl.go.jp/node/42680